ブログトップ | ログイン
わくわく挿絵帖
sashieari.exblog.jp
元禄期
b0185193_523437.jpg


 元禄期を扱う新聞小説の挿絵を控えているので、この時代を調べ始めました。
 挿絵画家を始めたとき、江戸時代の女性の髪型と帯の結び方の種類の多さに目眩がしそうになりました。とても歯が立ちそうにないと思ったからです。手元の資料も乏しく浮世絵に見る髷や帯の結い方は解けない数式を見るようでした。
この頃は資料も少しは増え、ごまかせる程度になりましたが。なに、リアリティーとはほど遠いことは本人がよく知っています。
 ところが、ここへ来て膝を叩くことになりました。江戸時代の多様さは、元禄期あたりから枝葉が分かれることが見て取れたからです。
 天保のころの絵師、喜田川守貞が記した風俗史『守貞謾稿』を見ると、この時代女性の帯の結び方は代表的な吉弥結びや水木結びしろ、それらは今で云う文庫結びが基本になっていて、ほぼ一種類であることが分かります。ただ、今よりだいぶ細帯で結んだ感じが固さがなくゆったりしています。これがそれ以降のバリエーションの要と考えていいようです。
 また、髪型は江戸初期の頃は貴賤を問わずまだ下げ髪が基本でしたが、当然長い髪のままでは日常生活にじゃまですから、紐などで結わえたり、太い箸のようなコウガイという棒を芯にぐるぐると巻いたり、あるいは髪のみで結んだりしました。これが髷の始まりで、それぞれに決まった名称や遣り方もなかったところから始まります。それが元禄あたりから洗練されたり、あるいは流行が起きたりして、今に残る名称が増えていったいう経過のようです。 
 また『守貞漫考』によると、元禄期ではまだ帯の結び方や髪型に貴賤に大きな違いはなかったようです。それがやがて下げ髪は貴人のみに残り、一般は髷を結うのが常態になり、帯の結び方と供にさらに洗練され複雑化していったという訳です。
つまり元禄期を押さえると色々なものが見えてくるということになります。有り難い仕事が舞い込んだものだと、今胸を撫で下ろしているところです。

b0185193_535591.jpg

by arihideharu | 2010-03-17 05:07 | 挿絵 | Comments(0)
<< 門番の二本差し 忍者もの >>