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わくわく挿絵帖
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再び船の話
 
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 挿絵に船を描く機会はそれほど多いわけではありませんが、ただ歴史小説では船が小道具としてではなく歴史の舞台で大きな役回りとして出てくることがあります。遣唐使船や御朱印船、幕末の蒸気船などです。こういうときは、描かないで済ませるわけにはいかないので、大げさに言えば意を決して描くことになります。そう、船を描くのは結構面倒なのです。
 
 先ず古画や浮世絵をあたり、目当ての船を探します。これは画集をめくるだけですから、それほど苦労はありません。問題はその先です。絵に描かれた船というものは、どうしても伝統的に平面的に描かれています。さらには簡略化され、なかば記号化しているのもあります。そのままでは使えません。そこで立体化する作業が始まります。これが面倒なのです。

 この仕事を始めたころは資料がほとんどなかったので、おそろしく時間が掛かりました。最終的に時間切れになり、船の形が理解出来ないまま適当に線を引いたこともありました。
 
 そういった中で、面白い発見もありました。それは幕末を扱った作品の挿絵を描いたときです。幕末と他の時代とは大きな違いがあります。この時代には不鮮明ながら多数の写真が残っていて、船の形を現実にそくして見ることが可能になりました。また錦絵の方もエネルギッシュな幕末の絵師達によって多数描かれています。写真と絵を手軽に見比べることが出来るのは画期的です。

 浦賀に現れた黒船から手始めに見ていくと、幕末の絵師達は複雑な構造のマストや帆を、あるいは未知の外輪船を独特の多色刷りで見事に表現しています。しかし写真と比べると、奇妙な形にみえます。その大きな要因は、写真の船が下ろし立ての鉛筆のように船体がすっと長いのに対し、錦絵の船は使い古しの鉛筆のようです。つまり縦長に描かれています。これは遠近法とは違う伝統的描き方のなごりで、遠くのものは大きく近くのものは小さく描き、なおかつ画面に多くのものを沢山描くためか、横の比率を縮めるというやり方です。大きな建造物や山の形にその効果が現れます。城の天守や富士山や桜島など実際より縦長に描かれます。ところがこの変な描き方が自然に見え、ものの特徴をよくとらえているから不思議です。これは縦長の掛け軸などに長らく風景を描いてきたのと関係があるかもしれません。
 
 また、さらに面白いのは一度作った洋式船の雛形を別の絵師が縮尺を変えたり、左右を反転させたりしながら使っていることです。そういった伝言ゲームをするうち、別の絵師が自分の工夫を加えたり、新しい取材の成果を加えたりしながら新たな雛形を作っていったと思われます。考えてみるとごく当たり前なことかもしれません。
 
 それにしても、錦絵における変なプロポーションをもった洋式船がリアリティーや迫力、美しさを獲得しているのが不思議です。
  
 さて、ぼくはと言えば錦絵と写真の中間をとって描きました。

 
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by arihideharu | 2010-07-28 18:35 | 挿絵 | Comments(0)
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