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わくわく挿絵帖
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アトムの子
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 数日前の夜のことです。ラジオを聞いていたら山下達郎の「アトムの子」が流れました。山下達郎の曲は昔からよく聞き、今でも車を運転するときのぼくのテーマソング的存在で、したがって「アトムの子」はかなりの頻度で聞いている曲です。

 ところがその夜流れた「アトムの子」は司会者の説明ではライブバージョンとのことでした。ぼくはその説明に一瞬(?)になりました。それは山下達郎の曲にライブバージョンがあることは知らなかったのと、多重録音の山下達郎とライブはあまり結びつかなかったからです。ぼくは少し興味を覚えました。

 例の軽快なリズムで曲は始まります。「どんなに・・・大人になっても・ぼくらは・・・アトムの子供さ・・・」と歌が流れます。その時、山下達郎の曲は何度も聞いているのに歌詞を意識して聞いたことが一度もなかったことに、ぼくは気がつきました。歌詞に意識を集中しました。

 詩は「鉄腕アトム」を賛美する簡単な言葉が続きます。そして、リズムと演奏で盛り上げます。突然、同じリズムのまま「空を超えて、ラララ星の彼方、行くぞアトム、ジェットの限り」と山下達郎は歌い始めます。

 虚を突かれました。不覚にも涙がこぼれました。曲の間、止まりませんでした。これは一体どうしたことでしょう?

 そう、ライブバージョンは「鉄腕アトム」の歌を仕掛けていたのです。この仕掛けによって、「アトムの子」は単なる音楽ではなくなったようです。

 何故なら涙の間、こぶしを突き上げ天に向かって飛行する可愛いアトムの姿が脳裏に浮かぶのですが、同時にその姿は少年時代のぼくであり、中年になったぼくの姿でもあります。この曲は聞くものにアトムと一体化する装置になっていたのです。

 そして曲が終ったとき、愛と平和のためにアトムは今も飛び続けているのに気が付くのです。

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by arihideharu | 2010-08-15 02:07 | 音楽 | Comments(0)
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