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わくわく挿絵帖
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迷路の入口
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 法隆寺南大門に向かう松並木の参道を歩いていると、「あっ、ここだ」と思いました。

 人は眠っているとき沢山の夢を見ますが、目覚めてから語れるほどはっきりした夢を見ることは意外に少なく、大概は起きた瞬間忘れてしまいます。それでも強烈な印象を持つ夢は、覚えていることがあります。そんな夢の中で、なおかつ何度も繰り返してみる夢が、誰でもあるのではないでしょうか。ぼくにはそんな夢の一つに迷子になる夢があります。

「あっ、ここだ」と胸の中で叫んだのは、ふいに既視感に包まれたからです。こことは法隆寺参道脇にある観光バス用の駐車場です。既視感の正体は迷子になる夢の中で、ぼくはこの駐車場から正に迷子になるのです。いわばそこは迷路の入口だったのです。

 さて、迷子になる夢とはこうです。法隆寺宝物殿のガラスケースの中に多数並ぶ一尺にも満たない金剛仏を一つずつ丁寧に見ている自分がいます。どれも人間の姿を奇妙な形にデフォルメし、不思議な美しさをたたえています。そのうち段々と、どれも同じような姿に見えてきます。

「あー、ちょっと長く仏様を見過ぎたかな」

 周りを見、腕時計を見ます。そばにいる多くの修学旅行生は見知らぬ顔ばかりです。制服も少し違います。しかし、集合時間には間に合いそうです。急いで、集合場所の駐車場に向かいます。

 ぼくらを乗せるバスは、さっき降りた場所に変わらずに並んでいます。ぼくはクラスメートの待つバスの中へ飛び込みます。すると、ぼくに注意を向けた高校生たちは知らない顔ばかりです。バスを間違えたことを知り、別のバスに走り中を覗きます。そこも違う学校のバスです。確かにここにあったはずだと思いながら、なにげなくバスのサイドミラーに映った自分姿を見て驚きます。そこにいるのは少年の姿の自分ではなく、明らかに何十年も歳を取った中年の男が黒い詰め襟を着て立っているでわありませんか。
 
 「あっ、そうか。ガラスケースに収まった仏達を見ているうちに、ぼくは歳を取ってしまったのか」

 宝物殿に長くい過ぎたようです。そのとき、対処方法が浮かびます。

「そうだ。バスの先回りをして、次の目的地へ電車で向かおう」そう、時間を飛び越えるのです。

 駅を探します。幸いすぐに見つかります。駅舎に掲げる立体化された駅名は、所々壊れ読めません。

 そのとき、夥しい数の乗客達が出て来ます。電車が到着したようです。ぼくは改札へ向かい切符を買おうとします。ところが路線図も発券機も見あたりません。改札にいる駅員に尋ねます。

 すると、この駅は終着駅でこの駅から出る電車は一本もないとの返事です。ぼくはその答えに何故か納得します。

 ぼくは別の駅を探します。ところが歩けども歩けども見つかりません。迷子になったようです。そのうちぼくは、何処へ行こうとしているのさえ分からなくなります。

 そこで夢から覚めます。

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by arihideharu | 2010-09-24 02:20 | 旅行 | Comments(0)
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