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わくわく挿絵帖
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絵に描いたような八丁堀の旦那
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 ぼくの仕事は時代小説の挿絵を描くことですから、見たことのない物や事をそれらしく描くという作業になります。そしてその大半は人物を描くことに費やされます。  

 人物を描くにあたって、最もやっかいなのが髷(まげ)です。理由は簡単で現代において本物を見ることがないに等しいからです。

 そこで参考になるのは映画や芝居ということになります。只、映画や芝居で見る髷はカツラですから、基本的に大げさにデフォルメされています。故に、そのまま写すとそれらしく見えません。その結果、参考にしつつもアレンジを加えながら描くということになります。

 小説の中で最も多く出て来る髷の名の一つに、町奉行所の役人と一目と分かる「小銀杏」とか「小銀杏細刷毛」といわれる髷の形があります。これは武家の髷と町人の髷を足して合わせたような、八丁堀風とよばれる独特のスタイルです。特徴は髱(たぼ)と呼ばれる後ろ髪を少し膨らませている反面、チョン髷が普通の侍スタイルより細く短くきりっと結ってあります。

 しかしながらこの髪型、活字ではよく見るのに映画やテレビで見ることは皆無と言われています。つまり「むっつり右門」も「中村主水」もどういう訳か八丁堀風の「小銀杏」にはなっていません。

 ところが近ごろ集中的に見ている初期市川雷蔵作品の中に、この八丁堀風「小銀杏」を結い、黄八丈の着物に黒の巻羽織…。絵に描いたような八丁堀の旦那が出てくる一本を発見しました。1963年製作、監督・森一生、脚本・小国秀雄による「昨日消えた男」です。

 ハードボイルドな題名からも推察されるようにミステリー仕立ての作品です。雷蔵演じる主人公八代将軍吉宗が探偵趣味が高じるあまり、大岡越前守に頼み込んで八丁堀の同心にしてもらい、難事件を解決をするという荒唐無稽の極みのような軽いのりの作品です。

 これがちょっと幸せな気分にさせてくれる秀作で、冒頭は江戸湾に浮かぶ二艘の弁財船のシーンから始まります。これがドキュメント感があって、これだけでぼくはうっとりしてしまいました。また江戸の町のオープンセットも本当に美しく、時代劇の絶頂期の美は正にここにありと思わせます。

 言うまでもなく名監督・森一生の師匠は時代劇の神様・伊藤大輔であり、小国秀雄は黒澤明に鍛えられた脚本家です。また大映の美術は溝口健二の洗礼を受けています。

そうした中で、市川雷蔵が演じる絵に描いたような八丁堀の旦那が登場します。幸福の極みです。

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by arihideharu | 2011-05-27 00:00 | 映画・演劇
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