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わくわく挿絵帖
sashieari.exblog.jp
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 秋田県横手市にある実家の土蔵の二階には、古い長持がいくつかあります。今夏は数年ぶりに墓参りに帰ったおり、その一つを開けてみました。黒塗りの一番大きい見覚えのあるヤツです。おそらく、40年以上開けられたことがないと思います。

 留め金具を外しフタを両手で開け、中央に置かれた杉材のつっかえ棒を片手で立てフタを押さえます。思った通り、ホコリっぽい匂いと供に手触りで古い寝具があるのが分かります。その下には本身の刀が何振りかあるはずです。
 
 ぼくの記憶の中にある刀といえば、戦前から昭和30年ぐらいまでの我家の家族写真の中に、床の間に置かれた大小の刀が写ったものがあります。士族の家系でもない我家です、おそらく節句のときにでも飾ったと思われます。残念ながらぼくには実際の記憶がありません。ただ、土蔵の長持ちに入れてあることは良く知っていました。

 ぼくが初めて一人で刀を手にしたのは、小6か中1のころで、やはり夏だったと思います。我家の土蔵は内蔵(うちぐら)で、鞘堂がついた形です。したがって夏でも割合涼しく、特に倉庫に使われている一階は暑い盛りの昼間など一段とひんやり感じました。そこで夏休みになると人の出入りのある一階はともかく、絶対と言っていいほど人の来ることない土蔵の二階は絶好の隠れ家でした。そして、二階は照明が入っていせんでしたから鉄格子の入った窓下が特等席になりました。そこは時々マンガ本をどっさり持ち込んで読む場所でもありました。

 兼ねてから刀を探し、手にすることを長年思い浮かべていたぼくは、昼下がり土蔵の二階へ上がりました。照明がありませんから陽が当たらない所は真っ暗です。用意した懐中電灯で照らしながら長持を調べ始めました。

 少し苦労をしながらも、何竿目かに探し当てました。布に包んだ刀が手触りで分かります。ずっしりと重いその塊を持ち上げ広げると、様々な種類の刀が出てきました。その中でぼくが覚えているのは大小ペアになっている刀と皮鞘の刀、それに平打ちの短刀です。

 考えてみると、二振りの大小は床の間に飾られていた例のもので、皮鞘は軍刀で親父が陸軍から持ち帰ったもの、短刀は死者の胸に置かれる儀式用と今では想像がつき、いずれも昔の日本の生活にある程度必要とされたものと分かります。

 ぼくはこの日、夏なのに長ズボンに靴下、運動靴まで履いて、腰のベルトに刀を差しました。勿論、ズボンや靴は防備と滑り防止です。防備とは刀の刃で自分を傷つけないためです。
 
 刀は大小ペアの大を選びました。侍が持っていそうな刀に見えたからです。鯉口を切りゆっくり抜きました。思ったより簡単に抜けました。構えてみます。少し振ってみます。ちょっと錆びていますが、本物だという充実感と実物の重さの手応え、そして武器を持った怖さが両掌に汗となって出てきます。

 おそるおそる斬る真似をします。それから、慎重にゆっくりと納刀します。また、ゆっくり抜いてみます。ちょっと振り廻してみます。納刀します。何度も繰り返しました。

 ぼくにはチャンバラ小僧として棒切れから始まる長年のキャリアがあります。また数々の剣戟スターを見て来て真似た自負がありました。それが調子に乗り過ぎたもとでした。

 その時は座頭市の殺陣を頭にイメージしました。逆手斬りでこそありませんでしたが、抜く手も見せず、抜き打ちに斬り納刀するつもりでした。

「いたっ!」左手に痛みが走ります。納刀の瞬間、親指の腹に刃が入ったのが分かりました。窓から差し込む陽がむくむくと盛り上がって広がる赤黒い血を映し出します。あとは床が濡れ、拭き取ったときに生温かだったのを覚えています。

 傷は深くも浅くもない通常の範囲とかってに判断し、その時は自分だけで応急処置をして済ませました。ただ、それ以来、長持を開けることはありませんでした。

 あれから40数年、あの刀と再会したくなりました。どんな刀だったか確認しようと思ったからです。

 手探りで大小二振りを取り出しました。「あら!」あの床の間に飾られた大小のペアだと分かります。何とも、簡単に出て来たものです。

 あの日以来、誰もこの長持ちを開けていないとなると一番手に取り易いところにあるのは当たり前のことでした。

 刀は黒鞘で、柄糸は何色か分からない黒っぽい色です。ぼくは大刀の柄を握りました。目釘がずれていて掌にあたります。「あっ」あの昼下がりの感覚が呼び覚まされました。この柄を少し強く握るとき、右掌に目釘があたり痛いのです。紛れもなくあの時の刀です。

 よく見ると柄が、ぼくの持つ居合い刀より一寸ばかり長いようです。抜いてみます。恐ろしく細身に作られ、かなり短めです。おそらく2尺2寸というところです。しかも樋が入っています。なるほど軽い訳です。これなら子供でも扱えます。ぼくは構え、軽く二三度振り下ろしてみました。「ヒュッ、ヒュッ」なかなか良い樋鳴りがします。

 最後に少し強めに振り下ろしたとき、風の通らない土蔵の二階に不穏な空気が満ちてきたように感じました。そして同時に「もう止めとけ」という声が聞こえた気がしました。

 多分、この家に棲む死んだ親父たちの声だったと思います。勿論、ぼくはすぐに止め埃っぽい土蔵の二階を後にしました。

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by arihideharu | 2011-08-30 04:19 | 思い出 | Comments(0)
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