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わくわく挿絵帖
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江戸の「粋」
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 先日、露天売りが並ぶ深川不動の参道を歩いていたら、藍染の小物を売っているオジさんに声を掛けられました。そのオジさん、ぼくが手にぶら下げていたデジカメが気になったらしく、「そんなもん裸でブラブラさせちゃ駄目だよ。貸してごらん!」と有無も言わさずぼくからカメラをもぎとり、商品の小袋へ入れてみせました。

 それは江戸の町火消しの印半纏を柄にした藍染の巾着袋です。「どうでぇー。粋なもんだろー」と江戸風にセールストークを畳み込み、ぼくの目の前にカメラを収めた小袋を差し出します。  
 
 ところがぼくが買わないと分かると、舌打ちしながら「イイもんなのになー」と言い、カメラを袋から取り出し淋しそうに視線を外しました。

 無粋な客となってその場を離れたぼくは、オジさんが何度も「イキだろ!イキだろ!」と繰り返した声が耳の奥に残っていることに気がつきました。

 おそらく近頃活字でしか見ない「粋」と言う言葉を、生で何度も聞いたせいと思われます。と同時に江戸の「粋」についてずっと引っ掛かっていたことが頭の隅にあるのに気がつきました。

 引っ掛かっていたこととはこういうことです。

 長い間ぼくが手本としたり、鑑賞の対象としてきた江戸の絵師は、北斎・広重・写楽・芳年などです。彼等は国際的評価も高い、いわば普遍性を獲得した芸術家たちです。ということは現代人にとって極めて分かりやすい存在です。

 一方、当時の江戸には圧倒的需要と勢力を誇った豊国一門(歌川派)がいました。その勢力ゆえに江戸の「粋」の核心と思われる一派です。ところがこの連中、分かりにくいのです。引っ掛かっていたこととはこのことです。江戸の「粋」イコール豊国一門イコール謎。これが頭に浮かびました。
  
 江戸の「粋」というのは風俗に属しますから、時代と地域が限定されます。したがって、時代を経ると理解不能な面が出てくるのは仕方がありません。北斎・広重の中にもあります。ただ豊国一門の場合、売れ過ぎて江戸の「粋」を抱え込み過ぎた思います。過剰適応。ガラパゴス化です。

 研究するには面白いテーマだと思います。しかし、単純に美術鑑賞するには不向きです。多少の知識が必要となるからです。

 江戸の「粋」、ちょっと面倒臭いぞということです。どうやら、ずっと頭に引っ掛かっていたこととは、長年の宿題を早く片付けろということになるようです。

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by arihideharu | 2011-09-10 06:10 | 挿絵 | Comments(0)
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