ブログトップ | ログイン
わくわく挿絵帖
sashieari.exblog.jp
黄泉の国への入口
b0185193_23285092.jpg


 今度の京都旅行は延暦寺、南禅寺、広隆寺を訪れました。いづれも無双の寺、丁寧に観ようとしたら、身が持たなくなります。

 というのも最初に参拝した延暦寺でその法力のせいか、ぼくの記憶回路に微妙な変化がが生じた気がしたからです。

 古い記憶の中で特に重要なパーツを原体験と呼ぶなら、その中にここでの新しい記憶が組み込まれたようなのです。つまり新しい記憶が古い記憶として残ってしまった、そんな感じなのです。

 組み込まれたスポットは延暦寺の本堂と云うべき、根本中堂です。

 その根本中堂の板の間に座り、腰窓から階下を覗き込むように秘仏に手を合わせると、そこは伝教大師がともした灯りが1200年続く灯明と闇の世界。

「おー、これはこれは、この世の光景ではない」と分かります。

 例えるなら黄泉の国への入口、オルペウスが覗き観た世界がパックリ口を開けているようです。

 比叡山が小天体なら、根本中堂は冥界に続く地の割れ目。そしてこの小天体では、生身のまま如来にも悪鬼神にも会える仕掛があちこちにあるようなのです。

 お勤めをしていた若いお坊さんが、ここの仏さまは他の寺の仰ぎ観る仏さまと違い、拝む人の目線と仏さまの目線が合うように安置されているのが特徴だと解説されていました。

 ところがこれが、ぼくには仏が闇から生えてきているように見え、冥府の王と天の如来が一体であると、闇から光へのグラデーションが教えているようでした。

 おそらく人は死ぬとき、この光景にまた出会うに違いないとぼんやり考えながら、肉体が滅んだあと記憶の断片が無数の粒子となって、この闇の中へ吸い込まれる絵を浮かべていました。

b0185193_23294072.jpg

by arihideharu | 2011-10-04 23:48 | 旅行 | Comments(0)
<< 「馬鹿もん!何をしてるんだ!」 京都旅行 >>