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わくわく挿絵帖
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「馬鹿もん!何をしてるんだ!」
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 二十代の半ばを過ぎたある冬の日、新宿での深夜のバイトを終え、そのとき住んでいた国立駅に着き、疲れた多くの人々とともに改札を出ました。

 80年代の駅前の風景というと、駅の周辺はいうに及ばず、駅からかなり離れは商店街の歩道にも、夥しい数の自転車が重なり置かれていました。そのときは深夜でしたから、さすがにぐっと減っていますが、それでも所々に自転車の群を見ることが出来ました。

 ぼくがいつも自転車を置く場所は、駅から直ぐ近くの銀行の前の歩道でした。駅から出ると当然、ぼくは自転車のある方へ向かいます。

 すると、流れに逆行して歩く三四人の学生風の男のグループが目に入りました。彼等は銀行の前をゆっくり歩いています。躰が少し揺れているのでアルコールが入っているのが分かります。

 その中で特にふらついて歩いていた一人が、よろけました。そしてその男はよろけたついでというように奇声を発しながら、振り払うように手近な自転車を故意に押し倒しました。

 ぼくは自転車が将棋倒しに盛大に倒れることを予想し、一瞬身構えました。ところが自転車はキレイに並べられている訳ではありませんから、倒れたのは二三台で思ったほど倒れません。

 その時です。直ぐ背後から「馬鹿もん!何をしてるんだ!」

 良く響く声が轟きました。声の主はすたすたとぼくの前を通り過ぎて行きます。

 一方倒した男の方は、叱責されよっぽど驚いたらしく、気合いで吹っ飛ばされたように後ろに倒れ込んみ、むしろさっきより大がかりに自転車を将棋倒しに倒してしまいました。

 武芸者のような声を発したおじさんの方は、そのグループとすれ違いざま「直しておけよ」と言って、すたすたと角を曲がって行きます。
 
 「ああー、なんて恰好イイんだろう」おじさんの後ろ姿を見ながら、思いました。

 実はぼくはそのおじさんのことを少し知っていました。ぼくのアパートへ行く途中の家に住む彫刻家で、高橋是清のような薄いおつむに立派な白髯を蓄えた、かなり小柄ながらがっしりした躰を持ったおじさんです。また市報で紹介記事を読んだこともあり、興味を持っていました。

 目を若者の方へ向けました、彼等は固まりどうするか相談しているようでした。それを見ながら、ぼくは自分の姿をその中に見ていました。ぼくがその中のひとり、いや自転車を故意に倒した男であってもおかしくない…。実際に泥酔しながらやったような記憶もあるのです。

 ですから、背後から「馬鹿もん!何をしてるんだ!」の声を聞いたとき、ぼくは自分が怒鳴られたと思ったほどでした。

 自転車に乗り角を曲がり、シャッターの降りた商店街を行きながら「ぼくはそろそろ、あの若者達の側から離れなければ…」と考えていました。

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by arihideharu | 2011-10-08 17:14 | 思い出
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