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わくわく挿絵帖
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奉行所つき中間
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 武家の奉公人に中間(ちゅうげん)という身分があります。江戸では一般に折助(おりすけ)と呼ばれ、たいそう虎の威を借り嫌われたもののようで、古い映画を観ていると、この言葉を耳にしますが、近年あまり聞かない時代劇用語です。
 歴とした侍は外出となれば露払いの家来と、小荷物持ちに中間ぐらいは連れていたようで、それが出来ない軽輩とて中間小者のひとりぐらいは同行し、それは婦女子も同様で、運悪く奉公人が出払ったおりは隣家から小女でも借りて外出したと考えられます。

 ところが、町奉行所の同心が連れている中間は奉行所つきと書かれている資料が一般的で、それは三田村鴛魚の「定廻りの同心などは中間を共に連れておりますが、それは町奉行所の中間でありまして…」が出典と思われます。
 ここで大きな疑問が生まれます。ここだけ読むと、奉行所の同心に同行する中間は奉行所にやとわれ、同心との主従関係はないように読めるからです。現に給金は奉行所から出ています。これは時代考証本を拾い読みしているぼくにとって長年謎のひとつです。
 何故なら、同心につく中間の仕事は、朝の出仕から御用箱とよぶツヅラをかつぐとこから始まる、一般的中間とかわらない職務なのに、給金は奉行所からもらうという、江戸町奉行所の変則性をどう解釈していいか分からないからです。
 もし、中間が同心に属すなら中間は同心の屋敷で寝泊まりするでしょうし、奉行所に属すなら奉行所に寝泊まりすると考えられるからです。
 
 中間はそもそも侍と小者の中間(ちゅうかん)に位置する身分なので中間(ちゅうげん)と呼ばれる訳ですから、同心の周りに手下としてゾロゾロいる小者より身分が上と考えられます。しかし、一般的中間は地行地の百姓や口入屋から雇った者がなり、折助以外にも小者・下男・下僕ともよばれ、下働きをしてながら公用のときだけ紺看板のユニホームを着て小荷物や鋏箱をもって出かける存在なので、町方の同心の家にいる小者が時折中間の役をしてもおかしくなくありません。
 しかもこの中間たちは薄給を補うように、「うちの旦那は来てないか」と主の名前を出し、小金を持つ店にあたりをつけ、小遣いをねだって廻ったので、「八丁堀の折助」は嫌われ者のだったと等しく書かれていますから、これだけ読んだら中間は同心の奉公人そのものです。
 
 そこで近年の小説で中間が登場する情景を思い浮かべてみます。
 その1。勤務を終えた同心は、居酒屋の灯りが点いた頃、中間を奉行所に返し、小者には何か用を言いつけ、ひとりで渋皮のむけた女主のいる居酒屋で、一杯ひっかけて家路につきます。あたりはとっぷり暗くなっています。そのとき、物陰から刺客が襲います。
 その2。先代から住み込んで奉公する老爺が、少し曲がった腰で御用箱をかつぎ、短気なところがある若い主を時折諫めながら中間奉公をする情景です。
 奉行所つき中間。時代考証本を読む限り、謎が深まります。

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by arihideharu | 2013-04-26 14:51 | 挿絵 | Comments(0)
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