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わくわく挿絵帖
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女密偵おまさ
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 ときどき思い出す池波正太郎の鬼平犯科帳の一遍に『血闘』という作品があります。
 女密偵おまさに光をあてた物語です。

 粗筋はこうです。
 おまさは目星をつけた盗人宿を、いつものように小間物の行商をしながら捜査をする日々を送っています。
 ところが、このときばかりは運悪く正体が割れ、さらわれます。
 おまさはしかし、一間っきりの自宅の畳に縫い針を刺し、手がかりをのこします。
 鬼平はそれに気づき、単身追います。

 場面は変わり盗賊の隠れ家です。
 荒くれ男たちにおまさは素裸にむかれています。
 ご存じのようにおまさは、少しトウは経っていてもイイ女です。苦悶のときが流れます。相当数の男に辱めを受けます。
 
 そのとき鬼平はやっと隠れ家にたどり着き、様子を探りながら応援を待っています。いかに鬼平とて、むやみに虎穴に入ることはしません。10人ほどいる盗賊の宿です。
 鬼平はじれ始めます。彼の勘はおまさの危急を知らせています。
 鬼平は乗り込みます。そして、例のごとく鬼神となり、悪漢を倒します。しかし、多勢に無勢、寄る年波も加わり、彼の命も風前の灯火となります。そのとき応援が駆けつけます。

 絵が浮かぶ流れるようなシーンです。大向こうから「播磨屋」と声が掛かる場面です。

 終盤に入ります。
 鬼平は、ぐったりした素裸のおまさに声をかけます。
「苦しかったろう」
「いいえ……こんなことぐらい、覚悟のまえでございます」

 おそらく現代の小説家は、こんな淡白な科白で物語に決着をつけるのは難しいと思われます。
 今の社会は、個人にフォーカスし現世の理屈で描くしか手だてがないからです。

 その点、江戸人のしっぽを持つ池波正太郎には、説話文学のように世の中をあっさり輪切りして見せるような、明快さがあります。それが池波文学の魅力です。

 つまり、おまさの科白は現代では禁じ手に入り、池波正太郎にとってはこれ以上書くのは野暮になるのです。
by arihideharu | 2015-08-17 13:19 | 読書 | Comments(0)
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