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わくわく挿絵帖
sashieari.exblog.jp
新宿ロマン劇場にて
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 二十歳前後のころ土日は大概、深夜映画に行っていました。池袋や新宿の名画座で土曜の夜から一挙に4・5本の旧作を上映する、あれです。その時分の若者、特に男子の必修科目であったことは周知のとおりです。

 あれは夏だったと思います。たいして調べず入った新宿のロマン劇場は、市川雷蔵特集でした。
 ぼくは入ってから、にわかに色めき立ちました。なぜならその日は雷蔵の7回忌という記念日で、当時のスタッフが公演前に舞台挨拶をするというのです。
 しかも、連なる名前の筆頭には女優の藤村志保さんと、いつも脇でささえていた伊達三郎さんがあります。
 ぼくの胸は高鳴り出しました。

 長い間ぼくにとっての最高の日本映画作品は、市川雷蔵・主演の『忍び者』(1962年・山本薩夫監督)であり、少年のぼくが初めてきれいな女の人だなと思ったのが、そのときの主演女優・藤村志保さんだったからです。

 舞台に立った藤村さんは、女盛りのときを迎え、名のとおり、目の覚めるような藤色の留め袖姿で現れました。息をのむ美しさでした。

 次に伊達三郎さんの登場です。これはある意味もっと息をのみました。
 何故なら、そのときの出で立ちが、クレージーキャッツのユニホームのような純白の上下のスーツと同色のピカピカの靴で登場したからです。
 彼の地味な脇役の印象が一気にくずれ、同時にカッコよさを自己演出する映画人の矜持が強烈にみえます。ぼくはひたすら拍手を送りました。
 日本映画が斜陽といわれてすでに久しい時代でした。

 その夜の上映作品は『眠狂四郎』数本と、あとは『剣鬼』(1965年・三隅研次監督)が入っていた記憶があります。

 当時すでに映画マニアのレベルは高く、上映が始まりスタッフクレジットに森一生や三隅研次、田中徳三などの監督の名が浮かぶと盛大な拍手が起きたのは勿論のこと、ひいきの役者やスタッフに独自に拍手する人たちがかなりいて、その甲高い響きが今でもぼくの耳に残っています。

 そのときの収穫は三隅研次監督のすごさを確信できたことでした。
by arihideharu | 2015-11-29 22:57 | 映画・演劇 | Comments(0)
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