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わくわく挿絵帖
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『眠狂四郎 勝負』
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 市川雷蔵の『眠狂四郎』シリーズに『勝負』(1964年)という三隅研次監督作品があります。ぼくが繰り返して観る映画のひとつです。
 この映画には食にまつわる、大好きなシーンがふたつあります。
 
 ひとつめは季節は正月。場所は夜更けの日本堤。狂四郎の巣のある吉原裏の常閑寺へ向かう土手道です。この一本道にぽつんと夜鷹蕎麦の灯りが浮かびます。
 寒空に澄みきった売り声が響きます。店の前に立つ、綿入れを着た少女(高田美和)の声です。
 ここは狂四郎行きつけの屋台。確かな味と少女の屈託のない笑顔が彼を迎えます。
 寒気の中、作りたての蕎麦やうどんは胃袋をつかみます。
 このときばかりは人斬り狂四郎にも幸せそうな笑みが浮かびます。
 日本堤は吉原通いの道。極楽と地獄が交錯する江戸の果てです。

 ふたつ目は居酒屋の場です。通りには三面大黒天の提灯が下がっていますから、下谷あたりの門前町が狂四郎行きつけの盛り場だということがうかがえます。
 店は角地にあり、通りに面した二面が腰高障子になっています。
 松の内ですから、あたりはにぎわい、店は新年らしく隅々まで磨きあげられ清々しい佇まいです。
 特に表の看板障子は張り替え間もない真っ白な障子に、二面わたり屋号が鮮やかに墨書され、あたかも書道会場に迷い込んだようです。

 おそらくこの居酒屋はぼくの知る限り、映画のセットで最も美しい小店で、入って飲んでみたいと思う筆頭の店です。
 また、この店の土間に飯台を置かず長床机に酒や肴を置くスタイルは、映画ではめったに観ることのない時代考証的に正しい居酒屋の姿を現し、しかもそれを美しく今に再構築して見せています。

 この頃の時代劇の名作といわれるものはどれも美意識が高く、我々がやっとたどり着いた美を、やすやすと手中におさめ日常化しています。
 嫉妬とするところです。
by arihideharu | 2015-12-26 11:39 | 映画・演劇 | Comments(0)
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