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わくわく挿絵帖
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竹刀稽古
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 近衛十四郎という剣戟俳優は、随分長い柄(つか)と刃渡りの刀をきれいな弧を描いて振り回していました。
 テレビ時代劇を観なくなって久しいので、確信をもっていえませんが、近頃長い柄の刀を腰に差す侍や身にそぐわぬ長大な太刀をつかう小兵の侍など、あまり見なくなったとふと思いました。
 
 というのも、江戸期の竹刀稽古の様子を調べるつもりで『北斎漫画』を開きました。
 そこには現代剣道とくらべたら貧相ですが、基本変わらない防具をつけた竹刀稽古の様子が描かれています。
 ただ、竹刀は皮で包んだ袋竹刀です。
 そこで気になったことがあります。柄の握りです。両手の拳がほとんどくっついているのです。どんな構えでも変わりません。
 北斎はこういう細かいスケッチは正確な画家です。またバランスから考えたら、現代の竹刀より柄が短いようです。
 これには違和感を覚えました。
 何故なら、幕末から明治にかけて残る剣士の写真には、えらく長い柄の竹刀を扱う画像が沢山残されているからです。
 これらは明らかに現代の竹刀より柄が長く見えます。したがって、両手の握りも間が大きく開きます。

 ぼくが冒頭に近衛十四郎を持ち出したのは、この幕末明治の剣道界の残像や江戸初期までの風俗絵にある野太刀のような長大な刀を腰に差す無頼漢の残像が近衛十四郎と重なり、明らかに長い刀を自在に使う者こそ強いという、単純で明快な結論が彼の侍姿に重なりリアリティがあると、ずっと考えていたからです。
 したがって、江戸期の道場稽古の竹刀は柄の長い長大なものを想像していたのです。ところが北斎のスケッチはそれを裏切っていたのです。
 これをどう考えたらいいのでしょう。
 
 ぼくは短い間ですが居合いを習ったことがあります。
 そこの流派では柄の短い刀を使い、両手で振り回すときは鍔元に両手をくっつけるように持って扱います。この形が振り回すとき一番バランスのイイ持ち方だと教えられます。
 そうです。北斎漫画の竹刀稽古の様子とそっくりです。
 ぼくはといえばその頃は、居合いは接近戦なので長い柄はじゃまなのだろうぐらいにしか考えていました。
 ところが問題はそう単純ではなく、居合いの祖である林崎甚助は短躯ながら三尺をゆうに越える化け物じみた豪刀を振り回していたことが知られています。勿論、柄はそれにに比例して長くなります。
 また、北斎が写しとった袋竹刀は現代の竹刀より短く、江戸期に決められた定寸の刀の長さにそくして作られていますから、スケッチの持ち手の形は定寸の本身を使ったときと近いと考えられます。

 しかしながら、幕末の彰義隊の戦いを写生した月岡芳年の錦絵を見ると、厚みと幅のある刀身に十分な長さの柄をもつ刀が精緻に描かれています。
 柄をつぶさに見ていくと、目釘が2つ以上の刀が頻繁に出てきます。
 実戦が多発したこの時代、刀は定寸のまま刀身はひたすら肉厚になり、造りも頑丈になったことが伺えます。
 そして、両の持ち手の開きは拳一つほどです。

 よくドラマで「おぬし、できるな」とか「一刀流とみた」いうせりふがありますが、あれは繰り出す技や構えもありましょうが、先ずは刀の長さや形・拵えでおおよその持ち主の腕や流派がわかり、シャーロック・ホームズなみの洞察力のある者は、さらに髷や衣装・言葉遣いを見て氏素性をたちどころに言い当てることができたことでしょう。
 さらに身体の特徴、袖からのぞく前腕の太さや面ズレや竹刀蛸の有無などをみれば習熟度が瞭然となったに違いありません。

by arihideharu | 2017-01-31 22:21 | 挿絵 | Comments(0)
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