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わくわく挿絵帖
sashieari.exblog.jp
カテゴリ:挿絵( 38 )
落とし差し
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 ぼくはほんの少しだけ、居合いを習ったことがあります。商売上、刀の握り方ぐらい知っておいた方がイイと思ったのもありますが、子供のときからのチャンバラ好きが一番の理由です。今でも時々自宅で稽古着に着替えて、居合いを抜いています。

 家の中で刀を差していると気がつくことがあります。それはいかに刀が邪魔だということです。漆を塗った鞘が、やたらとモノに当たるのです。気を付けていても、ちょっと振り向いただけで鞘が椅子やテーブルに当たるのは予想外です。

 そうすると、することは一つです。「落とし差し」です。柄を胸元に当てて、刀を持つしかありません。

 江戸の侍が閂差し(かんぬきざし)をする地方出の侍を揶揄するのは、従来ならだらしないと見られた「落とし差し」が江戸のマナーだったからだと鞘をぶつける度に思います。

 ただ、絹ものの上等な帯を締めて、着流しに刀を差すと構造上、自然に「落とし差し」になるということもありますが…。 

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by arihideharu | 2010-04-30 22:05 | 挿絵 | Comments(0)
乳金具
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 時代小説の挿絵に背景として門を良く描きます。それは門の形が美しく絵にし易いせいですが、また門の様式には色々な意味があり、舞台設定と重要な関係がある為でもあります。その場合、門は正面から描くことがどうしても多くなります。描き易いし、美しい構図だということもありますが、実はそれ以外のアングルからの資料が少ないせいでもあります。

 昨年、播州赤穂に取材に行ったときのことです。ぼくはチャンスとばかりに武家や寺社の門に出くわす度に、様々なアングルから門を観察しました。

 門金具の仲間に乳金具というお椀状のものがあります。ぼくはそれまで正面からの認識しかありませんでしたので、横からじっくり観察しました。ぼくは思わず吹き出しそうになりました。それはあまりにリアルだったからです。乳金具は名に偽りなく、乳首から乳輪まであからさまに立体化したものだったのです。武家や寺社の門にオッパイがぶら下がっていると思うと面白過ぎです。

 ぼくはこのことを早速、同行の美しい女流作家に注進しようと思いました。が、彼女は遥か先を行っています。そして、やっと追いついたときは言うのを忘れてしまいました。

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by arihideharu | 2010-04-22 18:22 | 挿絵 | Comments(0)
門番の二本差し
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 先日、江戸町奉行所の門番のスタイルがどうだったか調べました。大名家の門番は足軽身分で、腰には刀を2本差していましたが、はたして町奉行所の門番は2本指しだったか迷ったからです。映画やテレビでは多くは小刀を一本差しているだけです。

 「江戸町奉行所事典」(笠間良彦・著)という本があります。こういう時に頼りになる本です。しかし、門番についての記述は残念ながらありませんでした。そこで他の笠間良彦・著の本を調べました。すると、ありました。記述ではありませんでしたが、門番のイラストが見つかりました。笠間良彦さんはイラストも描く時代考証家です。そこでは門番は股立ちを高く取り、刀を2本指していました。納得です。

 笠間さんは長寿を全うし、近年お亡くなりになりました。つくづく、こういう方の仕事が昨今の歴史ブームを陰から支えているのだと思いました。

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by arihideharu | 2010-04-02 04:50 | 挿絵 | Comments(0)
元禄期
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 元禄期を扱う新聞小説の挿絵を控えているので、この時代を調べ始めました。
 挿絵画家を始めたとき、江戸時代の女性の髪型と帯の結び方の種類の多さに目眩がしそうになりました。とても歯が立ちそうにないと思ったからです。手元の資料も乏しく浮世絵に見る髷や帯の結い方は解けない数式を見るようでした。
この頃は資料も少しは増え、ごまかせる程度になりましたが。なに、リアリティーとはほど遠いことは本人がよく知っています。
 ところが、ここへ来て膝を叩くことになりました。江戸時代の多様さは、元禄期あたりから枝葉が分かれることが見て取れたからです。
 天保のころの絵師、喜田川守貞が記した風俗史『守貞謾稿』を見ると、この時代女性の帯の結び方は代表的な吉弥結びや水木結びしろ、それらは今で云う文庫結びが基本になっていて、ほぼ一種類であることが分かります。ただ、今よりだいぶ細帯で結んだ感じが固さがなくゆったりしています。これがそれ以降のバリエーションの要と考えていいようです。
 また、髪型は江戸初期の頃は貴賤を問わずまだ下げ髪が基本でしたが、当然長い髪のままでは日常生活にじゃまですから、紐などで結わえたり、太い箸のようなコウガイという棒を芯にぐるぐると巻いたり、あるいは髪のみで結んだりしました。これが髷の始まりで、それぞれに決まった名称や遣り方もなかったところから始まります。それが元禄あたりから洗練されたり、あるいは流行が起きたりして、今に残る名称が増えていったいう経過のようです。 
 また『守貞漫考』によると、元禄期ではまだ帯の結び方や髪型に貴賤に大きな違いはなかったようです。それがやがて下げ髪は貴人のみに残り、一般は髷を結うのが常態になり、帯の結び方と供にさらに洗練され複雑化していったという訳です。
つまり元禄期を押さえると色々なものが見えてくるということになります。有り難い仕事が舞い込んだものだと、今胸を撫で下ろしているところです。

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by arihideharu | 2010-03-17 05:07 | 挿絵 | Comments(0)
リュックの中身
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 ぼくの場合、一日の中で午後の数時間は、多くは原稿を読むことに費やされます。自宅で読むといつの間にか寝てしまうことが多いので、大概は近くのファミレスへ行って読みます。
 
 そのとき、原稿は小振りのリュックに入れ自転車や徒歩で出かけます。リュックの中には原稿の他には、筆記用具・デジカメ・文庫本数冊がいつも入っています。これがいわば、ぼくの七つ道具になります。
 
 文庫本数冊のうち2冊は何年も変わらず同じ本が入っています。それは三田村鳶魚の捕物の話と岡本綺堂の半七捕物帳です。この2冊は何度も繰り返して読んでいます。なぜなら江戸時代へタイムスリップするトンネルの入り口が口を開けて待っているからです。

 タイムスリップから戻ると、帰りにドラックストアやスーパーに寄りサブリメントや玉ねぎなどを買い、リュックに入れて帰ります。

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by arihideharu | 2010-01-12 00:01 | 挿絵 | Comments(0)
これはここ数年で、最大の事件
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座業である挿絵画家のぼくは基本的に一年中家の中にいますから、ともすれば年間を通じ電車に乗る機会が数回程度ということになります。ですから家族のものはぼくのことを、引きこもりと呼んでいます。

 そこで健康のためにも欠かせないのが散歩です。長い間続いていますが、ある時期から質がちょっと変わってきました。

 それはiPodで音楽を聴きながらするようになったからです。初めて散歩をしながら聴いたときは驚きました。その日は初秋の空に白い雲が浮かび、散歩日和でした。スイッチを入れると音楽が静かに流れました。天から音が降りてくるような錯覚にとらわれたのです。なんだかいつもの散歩道が映画のワンシーンのように思えました。

 ぼくは長らく音楽を聴く習慣をなくしていましたが、この時からまた始まりました。これはここ数年で、最大の事件かもしれません。

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by arihideharu | 2010-01-10 23:27 | 挿絵 | Comments(0)
深夜ラジオ
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 仕事を始めるとラジオをつけます。明け方まで仕事をすることが多いので、昔の受験生のように深夜放送を聞くことになります。しかし、自分好みの番組というのは、いつの時代も必ずしも多いわけではありません。
 
 いま一番のご贔屓は伊集院光の番組です。思わず惹き込まれてしまいます。民放の深夜ラジオの本道は、フレッシュで刺激的な情報と少しアナーキーな笑いということになるのでしょうか。それでいて品と知性がないと、長くは聞き続けられないように思います。ぼくが関西系のお笑いが肌に合わないのは、このことと関係があるのかも知れません。
 
 民放に面白い番組がない場合は、クオリティが一定なNHKを聞くことになります。NHKの深夜放送では話題は古いが、初めて聞く話やら懐かしい話題やらが沢山あるので、結局は一番聞いているかもしれません。

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by arihideharu | 2009-12-25 21:44 | 挿絵 | Comments(0)
絵描きになりたいと思ったとき
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 子供の頃、寝ていた部屋に二曲の枕屏風が立て掛けてありました。その屏風には北斎や広重の風景版画が貼られていて、僕は寝る前にその絵を覗き込むのが日課となっていました。

 絵の中には総てが描かれていました。人物、草木、動物あらゆるものが簡素な線と少ない色で表現されています。それは魔法を見ているようでした。

 例えば空から青のグラデーションを下ろしてくれば画面は昼になり、地平線から赤色を上げて行けば、そこは夕暮れになります。そして、その色を変えれば夜にも曇り空にも見えます。また髪の毛ほどから親指までの線の太さを変化させ、そこに濃淡を加えます。すると、あらゆる形や動き、遠近までも表すことが出来ます。

 その技は見る度に驚きでした。子供は魔法使いに憧れます。ぼくは特に北斎が贔屓になりました。魔法が強力に思えたからです。僕は北斎のようになりたいと思いました。

 これが絵描きになりたいと思った、始まりかもしれません。

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by arihideharu | 2009-12-19 20:00 | 挿絵 | Comments(0)