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わくわく挿絵帖
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カテゴリ:映画・演劇( 41 )
女優を美しく見せるトム・クルーズ作品
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 女優を美しく見せるといえば、いつも感心するのはトム・クルーズ作品にでる女優が、どれもはずれなく魅力的なことです。
 しかも同じ女優を繰り返し使うことなく、作品ごとに変えてこの結果です。実に驚くべきことだと思っています。

 ぼくがトム・クルーズ作品に興味を持ち始めたのは、ご多分に漏れず『ミッション・インポッシブル』(1996年)『マイノリティー・リポート』(2002年)以降です。
 元来ハードボイルドとSFが大好きなぼくにとって、彼が交互にこのジャンルを作り出し、秀作を連発していることは近年の慶事です。

 特にお気に入りは『オブリビオン』(2013年)『オール・ユー・ニード・イズ・キル』(2014年)『アウトロー』(2013年)で、ここに登場する女優は一段ときれいに撮れているというのがぼくの感想です。

 そして特筆すべきは『アウトロー』のヒロインの年増の敏腕女弁護士(ロザムンド・パイク)がジャック・リーチャー(トム・クルーズ)とのやり取りで、徐々にウブな女学生のように顔が上気していくのが見てとれることです。
 画面には互いのフェロモンが絡みあっているのが見えるようです。
 やっとここで、トム・クルーズの仕掛けと特性にぼくは気がつきます。
 
 彼はまず女優との距離が、異常に接近した所に立ちます。常識より一歩も二歩も踏み込むのです。そして視線を1ミリもずらすことなく真っ直ぐ見つめ、一定の速度で少々の笑みを見せつつ語りかけます。
 おそらくここで、女は男が放つ危険な臭いに気がつきます。すると餌にかかった獲物のように、いかなる女も徐々におとなしくなり、催眠術にかけられたように心と身体が開いていきます。
 
 これはトム・クルーズのキャリアと特性が発揮された場面で、会話がなくとも役者同士の呼吸から十分なリアリティーが伝わります。
 しかし何度も観ているうち、この仕掛けはイイ女だけにしていることではなく、いかなる時と場合でも変わらぬ彼の基本動作(間合い)であることが分かってきます。
 これは大物相手でもチンピラ相手でも、また男女に関係なく、いわば武芸者の理想とする目付けで、相手の呼吸を掌中にし、戦いの備えにする不敗の構えといえます。

 ところが2作目の『ジャック・リーチャー』(2016年)ではこの構えが乱れます。踏み込みが一歩足りません。その結果、彼らしくないミスを連発します。
 どうやら自分の娘かもしれない不良少女が現れ、無敗の武人に心の乱れがわずかに生じたようです。
 たったそれだけのことですが、画面から彼のハードボイルド指数が下がり、フェロモンの分泌も低下しているのが見て取れます。
 しかしながらこの映画が失敗作かと言えば、そうではなく、活劇の醍醐味はぐっと下がりますが、不調な時でも、なんとか勝ちにもっていくエースの姿が垣間見え、捨てがたい一本です。
 勿論共演女優も魅力的で、作品の欠点を彼女が救っているとぼくは思います。

by arihideharu | 2017-07-25 14:14 | 映画・演劇 | Comments(0)
映画『ラ・ラ・ランド』
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 ぼくは『ウエスト・サイド物語』を観て映画好きになった口なので、基本的にミュージカル映画は大好物です。
 ミュージカルの圧倒する武器は、歌と踊りで情感やテーマを直接五感に伝えてしまうことです。
 ですから、ストーリーを難しく凝る必要もなく、むしろ単純でいいくらいで、あとは主人公のカップルがチャーミングでありさえすれば満足するという基本構造があります。
 その意味でいえば『ラ・ラ・ランド』は大成功だったと思います。ぼくはかなり満足しました。

 すべての芸術は、古いものをどれだけ新しく見せることにあります。
 表現者に課せられた命題です。
 『ラ・ラ・ランド』がハリウッドを舞台にしたのは、まさにこの点で、女優を目指す  
 田舎娘と野心に溢れた若きジャズピアニストとの恋という、古いアメリカ映画にありそうな設定です。作り手のうぬぼれが透けて見えるようです。
 まさに芸術の命題を実現しようという訳なのですから。

 作業は思いつく限りの名作のフォーマットを並べ、上書きしていくことになります。
 これは表現者を目指す者なら誰でも子供のころから頭の中で無数にやってきたことです。
 ただ実際にやってみるとなると問題は別です。
 この作業は多分、デリケートな天才には無理で、蛮勇が身についた者が出来ることで、また選ばれた者だけが出来る仕事です。

 しかしながら、名作の上書きに成功したのは冒頭の高速道路での群舞合唱のシーンぐらいで、あとは名作をなぞっただけで、かつての名作名演を凌ぐことなどやはり無理です。
 それでもぼくが満足したのは、久しぶりにハリウッドを舞台にしたミュージカルを観たという、日照りに慈雨のような充足感と、やはり歌と踊りという最も古い芸能の形は祝祭感にあふれ、身体のほうが勝手に反応してしまったからでしょう。

 上書きしたものがもう一つあります。
 かつてのハリウッド映画は女優を美しく見せることに心血を注ぎました。
『ピグマリオン』は『マイ・フェア・レディ』だけのテーマではなく、ハリウッドそのもののテーマで、観客も美しき虚構を求め喝采を送ってきました。
 しかし、『ラ・ラ・ランド』はヒロインの肌の荒れやシワをかくしませんでした。美しく見せる努力をしてないようです。
 ぼくは違和感を感じました。

 ハリウッド映画は長らく美の基準でした。ここで作られた虚構に世界中が魅せられてきたのです。
 たとえ淑女のヒロインが実生活で結婚と離婚を繰り返し、酒とドラックにまみれようと、醜聞は時には映画以上の美味であり、幕間のもう一つのエンターテイメントです。
 しかしハリウッドの矜持は常にスクリーン上で女優を美しく見せることでした。
 美しさはすべてを超克し、神を降臨させます。
 ハリウッドは史上まれにみる質量で虚構を作り続け、あまたの神々を呼び込む現状最強の聖地です。

 有史以来ぼくらは真実を糧とするより、虚構を好物の餌として生きてきました。
 祝祭は人間界の中心にあり、人々は化粧をし仮面をつけ歌い踊り、極に達したとき生と死・善と悪・強と弱、すべての境界を乗り越え恍惚の中に神を導き入れ、生きる力を得てきたのです。
 そしてミュージカルは歴史に耐え、今も公式に認められた神の恩恵を授ける儀式です。

 そこに、化粧気のないヒロインが登場します。
 これはかつてハリウッド映画と違うという目印です。
 おとぎ話のようなハッピーエンドで終わらないという暗示です。
 と同時に、アフロディーテの祝福を受けた田舎娘と、オルフェウスがのりうつるピアノ弾きの恋は、古典をなぞるなら悲劇で終わる定めです。
 幸福は常に神々の嫉妬を受けるからです。

 しかし、この恋が本物なら無数の転生を繰り返し、時には添い遂げ、時にはアダとなって、果てのない物語として二人の関係は永遠に続きます。

 この映画は後半、現実と仮想が交差を繰り返し、主語が限りなく希薄になりフェードアウトします。

by arihideharu | 2017-06-13 22:40 | 映画・演劇 | Comments(0)
肩飾り
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 いつぞや歌舞伎座で『義経千本桜 鳥居前』を見ていたら、花道から鬼退治の桃太郎のような格好の陣羽織姿の若侍(義経)が出てきました。
 ぼくはそのとき軽いめまいを覚えながら膝を叩き、なるほどと一人納得しました。
 というのは、その陣羽織に肩章のような派手な肩飾りがついていたからです。
 
 陣羽織の肩章は、明治維新時の西洋の影響をうけたスタイル(階級章)だということは、一般に知られています。
 実際、様々な武将図を見ても先の若侍のような陣羽織は見あたりません。
 
 ところが、頻度は多くはありませんが戦前のスチール写真を見ても、戦後の全盛期の映画を見ても、はたまた最近の戦国期を描く映画を見ても、肩章つき陣羽織を見つけることはさほど難しくありません。
 
 実は近年、この陣羽織のミスマッチが増殖しているのではないかと密かにぼくは思っています。
 理由は、テレビバラエティー等での戦国武将の再現ビデオや全国に出没するコスプレーヤーたちの画像にこの組み合わせをよく見かけるからです。

 冒頭の観劇でひとりごちたのは、花道から義経が登場したとき、ぼくは中村錦之介・主演『独眼竜政宗』(1959年)での若武者姿がフラッシュバックしたことにあります。
 派手な肩飾りがついた陣羽織をまとい、颯爽とした若武者ぶりがそっくりだと思ったのです。
 と同時に陣羽織の誤用のもとは、ここにあったのかと直感したのでした。

 考えるに、義経と政宗は東国ゆかりの雄という共通項があり、また歌舞伎をトレースして始まった時代劇ですから、伊達政宗を描くとき義経の衣装から想を得た可能性は大いにあり得ます。

 おそらく、このスタイルは幕末の動乱期に、官軍の将がまとった陣羽織を見た江戸の芝居者が、目ざとく取り入れたと想像できます。

 これらの世界観は時代考証(科学)的それとは違う芸能世界独特の外連(けれん)の神を信じる輩の世界観で、時代劇全盛期、東映に色濃くあらわれていました。

 古来芸能者は体制の外に棲み、歴史を縦横無尽に飛び廻り、六道を輪廻転生しながら無数のパラレルワールドの物語をつむぎ出してきた者たちです。

 花道から若侍が出てきたとき、ぼくが軽いめまいを覚えたのは、時空のゆがみをに引き込まれたせいだったのでしょう。

 しかしながら、この衣装の発信元は時代を超えて同一で、出雲の阿国の頃より古く、京都あたりで動乱と圧政の度に栄えた古物商や古着屋の末裔ではないかと思いを巡らしています。

by arihideharu | 2017-03-11 21:49 | 映画・演劇 | Comments(0)
映画『シン・ゴジラ』
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 最初のゴジラが作られたのが1954年、ぼくの生まれた年です。
 ぼくらの世代にとって映画に行くとは、ゴジラを見に行くことでした。モスラやキングギドラは小学生の夏休みの夢をすべて飲み込みました。
 日本を俯瞰し日本列島を認識するのはゴジラの行動範囲から始まります。つまり太平洋を北上し東京湾に現れる過程で、島国日本の概要を覚えるのです。
 
 ぼくは特にゴジラファンという訳ではありません。おそらく少年期を脱するに従い、ゴジラのフィクション性が幼稚に見えてきたせいだと思います。
 それを加速したのは、アメリカ映画の豪華さが日本映画を圧倒していたことでした。

 このあとゴジラ映画のスタッフはテレビ制作にはいり、周知のようにウルトラマンをつくります。ぼくらの下の世代はこのウルトラマンにはまります。
 つまり騙されやすい年齢に、テレビという中毒性のたかい機械を見近に置くことになったからです。
 
 そんなぼくでもゴジラは全作見ています。さて『シン・ゴジラ』です。
 まず、驚いたというか感心したことがあります。ゴジラがいよいよ東京に上陸し本格的戦闘が始まるというときに、首相以下主要閣僚がゴジラによって、あっけなく死んでしまいます。
 
 これは国家として重大事件だと思うのですが、国体は何の動揺も見せず、淡々と代わりの首相を決め防衛戦を続けます。
 読みようによっては、国家組織がしっかりしているといえそうですが、あきらかに作者の意図は我が政府の指導層は誰がなっても同じという皮肉です。
 これがアメリカ映画なら、大統領を簡単に死なせるようなことはしないと思いますし、あったとしてももっとドラマチックにあるいはセンチメンタルに描きそうです。ましてや独裁国家では、この設定はありえません。
 
 それは日本の中枢が空なることを意味し、我々観客は日本の組織が持つ、かなり古くからある特性だということを知っていますから、なんの抵抗もなく見過ごします。
 結局ゴジラをやっつけるのは指導層の力ではなく、現場の馬鹿力と偶然の積み重ね、我々がよく出会う結果オーライの結末です。
 とりあえず災害は終わってしまえば、過酷過ぎる体験など誰もが忘れてしまいたい訳なので、次に備えての準備もそこそこになるのが大体の常です。

 ゴジラは核問題という現代文明の負の遺産が作り出した化け物です。しかし正体は、忘れた頃におこる大規模自然災害や、いつも海からやってくる戦争の比喩であることは、ぼくらは知っています。
 天災は被害を最小限にくい止める努力をするにしても、基本的に通り過ぎるのを待つしかありません。しかし戦争は始まってしまったら、勝つにしても負けるにしても、とりあえず戦うしかありません。
 ゴジラはこの二つの性質を持ちますから、基本戦略は半ば戦い半ば通り過ぎるのを待つということになります。

 古来より我々は、この方法で大概の災いに過不足なく対処してきたせいか、いやに自信を持っています。
 古くは海を越え大陸から大挙して押し寄せた渡来人たちは農耕と戦争を持ち込み、日本を飲み込もうとしました。しかし、深い森に覆われた山々に阻まれ、いつの間にか縄文人と同化し一緒に森を守り、お天道さまを拝みながら田畑を耕すようになります。
 蒙古が襲来したときも、結局は海とお天道さまが防ぎました。
 それ故、我々は今でも天の神・地の神に柏手を打ちます。

 しかし、この神々は我々がおごり隙を見せたとき、大あばれし天罰をくわえます。
 先の負け戦も、最強の破壊力を持った『シン・ゴジラ』もトップクラスの天罰といえます。
 映画のクライマックスで凍結作戦が功をそうし、ゴジラは弁慶のごとく立ち往生し破壊をやめます。
 そのすぐ先には縄文の森にかえった皇居があります。
 またしても森に棲む守り神が我々を救ったのかと、ぼくは思いました。

by arihideharu | 2016-09-26 16:32 | 映画・演劇 | Comments(0)
『むっつり右門捕物帖』
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 嵐寛十郎でおなじみの町方同心を主人公にすえた、古典的名作『むっつり右門捕物帖』は、原作では時代は江戸初期寛永年間となっています。島原の乱が終わって間もない、まだ宮本武蔵が生きていた時代です。
 ところが、八丁堀の同心という設定も、そもそも八丁堀は埋め立て前で存在せず、小銀杏髷に着流しに巻き羽織で肩で風切る姿は江戸末期の風俗です。
 このあたりのいい加減さは、考証本でNG集の常連として取り上げられてきました。
 そんな事情のせいか、映画やテレビでは元禄期や江戸後期に置き換えられています。
 
 小説を読みつつ、歴史情報を得る喜びを識った読者には不満の多い本です。しかしながら、講談や落語を聞くような、得難い懐かしさがあります。
 また、歌舞伎を観るにつけ、様々な時代の物や事を折衷させ、美を作り上げたワザを目の当たりにすると、佐々木味津三の『むっつり右門捕物帖』はむしろ本道で、映像制作の現場では時代考証が厳格な『半七捕物帖』などより作りやすく、原作としてむしろ優れていたといえるかもしれないと近ごろ思います。
by arihideharu | 2016-02-18 01:37 | 映画・演劇 | Comments(0)
江戸初期の廻り方同心の格好(映画「浪人街」続き)
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 映画「浪人街」には、時代設定を江戸初期としているため、珍しい風俗が出てきます。

 そのひとつは女性の髪型です。 
 後世見る島田・勝山系の髷は珍しく、長い黒髪を輪を作って背中で結わえる玉結びか、頭のてっぺんで結わえる唐輪髷で、基本がまだ下げ髪ままです。これらはおそらく有史以来あるシンプルな髪型です。
 また衣装の方も帯は細く、腰に簡単に結んでいます。
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 さらに珍しいものが出てきます。それは風紀を取り締まる廻り方同心の格好です。
 まるで、大名家の門番のようです。すなわち、粗末な袴に両刀を差し、六尺棒を抱えているのです。
 当時の門前町は、寺社奉行の係りですから、これら役人は、当番の大名家の軽輩の務めとなります。
 身分は足軽(同心と同義)、つまり門番と同格の者たちです。風体が似ているのはそのせいです。
 彼らは、正確には侍身分ではありません。
 おそらく江戸初期の繁華街は風紀が相当悪く、戦で死ぬならともかく、正規雇用の侍たちは勿論、侍であることを自負する浪人たちも、やりたくない仕事だったと考えられます。
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 代表する盛り場の多くは社寺門前にありますから、そこで取り締まりは寺社奉行となった譜代大名家の雑兵の出番となったのでしょう。
 まだ軍政下の時代でした。 
 ちなみに、この足軽同心たちは江戸期を通じ、中世以来の臨時雇用の形態のままで、御維新になっても、当初士族の扱いを受けませんでした。

 映画『浪人街』はこの事情から、寺社方の同心たちの非力を強調し滑稽化しています。間違いなく馬鹿にしています。
 しかしながら、槍の代替品である樫材の6尺棒を振り廻されては、腕自慢の侍もてこずったはずです。

 それはさておき、この映画の類推からも、当時の町奉行所の同心も、着流しに巻き羽織ではなく、六尺棒を抱えた門番のような格好だったと考えられます。
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by arihideharu | 2016-01-31 17:23 | 映画・演劇 | Comments(0)
映画の中の居酒屋
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(前回、眠狂四郎/勝負の続き) 
 入って飲んでみたいと思わせる映画の中の居酒屋が、もうひとつあります。
 ご存じ「浪人街」(マキノ雅弘監督・1957年)の中です。
 
 それは大きな門前町内にあり、時代設定は江戸前期、慶安の頃と思われます。
 盛り場は戦国の風を未だ残した浪人たちと、おごり始めた幕臣の小倅たちのたまり場と化し、両派の小競り合いが絶えない雑多な世界が広がっています。
 
 店の作りが大いに変わっています。店内の床が石段になっており、奥に向かって、ゆるやかな下り坂になっているのです。
 町場の社寺が窪地や小山にあることを思えば、この居酒屋のセットは絶妙というしかありません。
 そして、店内の壁3面は棚で覆われ、下りものと分かる酒樽がずらりと並べられています。
 小金を握った浪人たちは堀部安衛兵のように升酒をあおり、丸橋忠弥のごとく酒におぼれ、店奥の谷底でトグロを巻きます。
 ここはおそらく、お酒の神様が棲む処なのでしょう。
 酔いつぶれた客の夢枕には観音様が立つらしく、恐ろしい顔のウワバミも実に幸せそうな笑みを浮かべ眠るのです。
by arihideharu | 2016-01-08 19:17 | 映画・演劇 | Comments(0)
『眠狂四郎 勝負』
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 市川雷蔵の『眠狂四郎』シリーズに『勝負』(1964年)という三隅研次監督作品があります。ぼくが繰り返して観る映画のひとつです。
 この映画には食にまつわる、大好きなシーンがふたつあります。
 
 ひとつめは季節は正月。場所は夜更けの日本堤。狂四郎の巣のある吉原裏の常閑寺へ向かう土手道です。この一本道にぽつんと夜鷹蕎麦の灯りが浮かびます。
 寒空に澄みきった売り声が響きます。店の前に立つ、綿入れを着た少女(高田美和)の声です。
 ここは狂四郎行きつけの屋台。確かな味と少女の屈託のない笑顔が彼を迎えます。
 寒気の中、作りたての蕎麦やうどんは胃袋をつかみます。
 このときばかりは人斬り狂四郎にも幸せそうな笑みが浮かびます。
 日本堤は吉原通いの道。極楽と地獄が交錯する江戸の果てです。

 ふたつ目は居酒屋の場です。通りには三面大黒天の提灯が下がっていますから、下谷あたりの門前町が狂四郎行きつけの盛り場だということがうかがえます。
 店は角地にあり、通りに面した二面が腰高障子になっています。
 松の内ですから、あたりはにぎわい、店は新年らしく隅々まで磨きあげられ清々しい佇まいです。
 特に表の看板障子は張り替え間もない真っ白な障子に、二面わたり屋号が鮮やかに墨書され、あたかも書道会場に迷い込んだようです。

 おそらくこの居酒屋はぼくの知る限り、映画のセットで最も美しい小店で、入って飲んでみたいと思う筆頭の店です。
 また、この店の土間に飯台を置かず長床机に酒や肴を置くスタイルは、映画ではめったに観ることのない時代考証的に正しい居酒屋の姿を現し、しかもそれを美しく今に再構築して見せています。

 この頃の時代劇の名作といわれるものはどれも美意識が高く、我々がやっとたどり着いた美を、やすやすと手中におさめ日常化しています。
 嫉妬とするところです。
by arihideharu | 2015-12-26 11:39 | 映画・演劇 | Comments(0)
新宿ロマン劇場にて
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 二十歳前後のころ土日は大概、深夜映画に行っていました。池袋や新宿の名画座で土曜の夜から一挙に4・5本の旧作を上映する、あれです。その時分の若者、特に男子の必修科目であったことは周知のとおりです。

 あれは夏だったと思います。たいして調べず入った新宿のロマン劇場は、市川雷蔵特集でした。
 ぼくは入ってから、にわかに色めき立ちました。なぜならその日は雷蔵の7回忌という記念日で、当時のスタッフが公演前に舞台挨拶をするというのです。
 しかも、連なる名前の筆頭には女優の藤村志保さんと、いつも脇でささえていた伊達三郎さんがあります。
 ぼくの胸は高鳴り出しました。

 長い間ぼくにとっての最高の日本映画作品は、市川雷蔵・主演の『忍び者』(1962年・山本薩夫監督)であり、少年のぼくが初めてきれいな女の人だなと思ったのが、そのときの主演女優・藤村志保さんだったからです。

 舞台に立った藤村さんは、女盛りのときを迎え、名のとおり、目の覚めるような藤色の留め袖姿で現れました。息をのむ美しさでした。

 次に伊達三郎さんの登場です。これはある意味もっと息をのみました。
 何故なら、そのときの出で立ちが、クレージーキャッツのユニホームのような純白の上下のスーツと同色のピカピカの靴で登場したからです。
 彼の地味な脇役の印象が一気にくずれ、同時にカッコよさを自己演出する映画人の矜持が強烈にみえます。ぼくはひたすら拍手を送りました。
 日本映画が斜陽といわれてすでに久しい時代でした。

 その夜の上映作品は『眠狂四郎』数本と、あとは『剣鬼』(1965年・三隅研次監督)が入っていた記憶があります。

 当時すでに映画マニアのレベルは高く、上映が始まりスタッフクレジットに森一生や三隅研次、田中徳三などの監督の名が浮かぶと盛大な拍手が起きたのは勿論のこと、ひいきの役者やスタッフに独自に拍手する人たちがかなりいて、その甲高い響きが今でもぼくの耳に残っています。

 そのときの収穫は三隅研次監督のすごさを確信できたことでした。
by arihideharu | 2015-11-29 22:57 | 映画・演劇 | Comments(0)
立ち姿
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 江戸時代は世襲した家業によって社会生活を送ることが多かったので、100メートル先からでも、侍と商人の違いが分かり、また同じ侍でも旗本と田舎侍の違い、商人では大店と小店の主の違いが分かったと思われます。
 基準は、視覚情報として着物や髷・装身具の違い、また立ち振る舞いなどで、耳からは言葉遣いです。
 目からの情報で最も重要なのはおそらく立ち姿で、侍なら武芸の上達度を読み、商人なら懐具合を、職人なら腕の善し悪しを、やくざ者なら度胸の有様を瞬時に検討をつけたことでしょう。
 ある意味、騙り詐欺の類が成立しやすい社会といえるかもしれません。

 話しは変わります。

 松本清張の原作で『かげろう絵図』(1959年公開)という若き市川雷蔵主演の名作があります。
 衣笠貞之介が監督した、美意識の高い作品で、大奥御殿のセットが見事な一本です。
 ストーリーは江戸期最長の権勢を誇った11代将軍家済をたぶらかし、己の野心を成就させようとする側近旗本の悪事に関する推理劇です。

 この映画のすごいところは、50年天下人だった男の姿を、柳永二郎という新派の名優がこともなげに演じ。また、それを騙そうとする優美な悪漢を、滝沢修という歴史的名優がその存在感と芸で自然に演じていることです。

 また同じく松本清張の小説を原作にした『無宿人別帳』(1963年公開)という、傑作時代劇があります。
 大筋は、藤丸かごに乗せられた江戸の悪党たちが流刑地佐渡ヶ島に送られるところから始まり、佐渡での過酷な収監生活を経て、やがて島抜けをするまでの話しです。
 悪党たちを演じるのは佐田啓二・三国連太郎・宮口精二・伴淳三郎・渥美清などです。
 この映画のすごいところは『かげろう絵図』と同じく、原作と脚色のレベルの高さではなく、どの男衆も一人や二人、九寸五分でズブリとやった過去がありそうなことが、立ち姿だけで理解できることです。
by arihideharu | 2015-04-06 16:31 | 映画・演劇 | Comments(0)