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わくわく挿絵帖
sashieari.exblog.jp
カテゴリ:映画・演劇( 41 )
巨大船と巨大橋
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 前に猪牙舟(ちょきぶね)について書きました。猪牙舟以上に映画やテレビで登場することのないのが屋形船です。

 川開きを描いた錦絵などを見ると、両国橋とその大きさを競い合っているかのような巨大さです。船を種類分けするとすれば、屋形船とそれ以外の舟の二つに分けていいほどです。原寸大の両国橋と屋形船数隻の再現が出来たら。江戸の町の半分は出来たようなものと言えば大げさでしょうか。と言うのも川と橋が作る空間は物語を作るにしろ絵を描くにしろ、なくてはならない舞台とどうしても思えるからです。そしてそれは、江戸の町絵師達が愛した風景です。
 
 そう言えばかつて幕末ものの映画では、明治神宮の鳥居のような恐ろしく太い橋脚をいくつか組み、その間に白い霧をふんだんに流し画面の奥にはうっすら見える洛中洛外を描くといった美しいセット撮影が幾つもありました。霧の下は鴨川という見立てでしょう。映画が作り出した様式美と言って良いかもしれません。
 
 一方、江戸の物語では忠臣蔵のクライマックス、仇討ちが終わり赤穂義士が永代橋を渡るシーンです。永代橋は隅田川の最も河口の橋で200メートルあったとされています。片側には佃島の漁村と海が広がります。時代劇全盛時でもこれを再現するのは無理だったようです。 

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by arihideharu | 2010-10-13 03:55 | 映画・演劇 | Comments(0)
マキノ雅弘の明るさ
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古い時代劇のDVDを見ていると、黒澤明や溝口健二も良いがマキノ雅弘作品もやっぱり良いなと改めて思います。そう思ったのは、マキノ雅弘の出世作「浪人街」の1957年版を見たからです。半分は近衛十四郎の殺陣を見ようと借りたのですが、結局はマキノ雅弘映画を堪能する一本となりました。

 この映画の大筋は、時代は江戸初期。繁栄し始める江戸の街で、その流れから取り残された浪人たちが、もがき生きそして戦い死んでいくというお話です。こう書くと暗い話のようですが、全体を包むトーンはいたってのんびりと明るいのです。この明るさは脚本を書いた山上伊太郎と同様に太平洋戦争で戦死した中山貞雄作品にも共通したものです。もっと言えば、ほぼ同時代のパリを舞台にしたルネ・クレールの作品にも似ています。

 そして明るいだけではありません。どこかシャレています。それは彼等が育った大正から昭和初期の時代の雰囲気でしょうか。この時代を表す大正ロマンという言葉があります。実はぼくが最も好きな時代でもあります。

 この明るさは映画を見ようとする人々が、潜在的に映画に求める最大の要素かもしれません。そう考えるとマキノ雅弘は最高の映画人だったといえます。

 黒澤明や溝口健二が見せた完成されたリアリズムや美はありません。むしろ、オープンセットや衣装を見ていると興行の世界の胡散臭い匂いさえします。しかし、それを忘れさせる世界をマキノ雅弘は持っていました。

 彼の監督作品を見終わると、時代劇映画には時代考証もリアリズムもどうでもイイと思えてくるから不思議です。

 蛇足になりますが、マキノ雅弘を検索して分かったのですが、AKB48の振り付け師、牧野アンナという人はマキノ雅弘のお孫さんなのですね。思わず画像検索しマキノ雅弘のチンパンジーのような耳が遺伝してないか探しました。

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by arihideharu | 2010-08-30 04:27 | 映画・演劇 | Comments(0)
梟の城
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 時代小説を読み始めたのは、司馬遼太郎の「梟の城」が最初でした。ぼくは浪人中で、アパートの向かいの部屋に住んでいた、司法試験を目指していた背の高い男の勧めでした。勿論、夢中になって読みました。この小説は二度映画化され、一本は篠田正浩監督によるもので、これは公開時映画館で見ました。もう一本は工藤栄一監督で、氏の作品とは知らずに昔テレビで見ました。しかし、忍者映画にしてはスピード感に欠けた大友柳太朗扮する忍者の殺陣とストーリー展開が退屈になり、途中でやめた覚えがありす。最近DVDが出ているのを知り、早速取り寄せました。それには工藤栄一が監督しているのもありますがシナリオに池田一朗(隆慶一郎)の名があったのを見つけたからです。

 映画は昔の記憶ほど凡作といったものではなく、大友柳太朗も頑張って動いています。唸らせるシーンも沢山あります。しかし、この映画は低予算で作られたのでしょう、安土桃山時代特有な豪華さがありません。

 この当時東映はほかにも忍者映画を作っていましたが、町並みのオープンセットを「遠山の金さん」が出てきそうなヤツを使い廻しをする無神経さがあり、興ざめしました覚えがあります。さすがにこの映画にはそれがないのが救いです。

 ぼくが工藤栄一監督作品に出会ったのはやはり浪人中で、深夜映画で「十三人の刺客」と「大殺陣」を一緒に見たのが最初でした。その時の強烈な印象は今でも覚えています。調べてみると日本映画の金字塔「十三人の刺客」と「梟の城」は同じ1963年に作られています。「梟の城」が先です。おそらくこのあと何かが変わったのでしょう。「十三人の刺客」には片岡千恵蔵や嵐寛寿郎も出ています。豪華キャストです。セットも大掛かりで、お金が掛かっています。シナリオはあの池上金男(池宮彰一郎)です。

 大正12年生まれの同い年の隆慶一郎と池宮彰一郎がその後小説の世界に入り活躍したのはつい最近のことであり、ぼくには何だかおとぎ話のようです。

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by arihideharu | 2010-08-07 05:38 | 映画・演劇 | Comments(0)
映画二本立て
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 昨日と今日、続けて映画を見ました。「必死剣鳥刺し」と「トイストーリー3」です。両方とも面白かったので得した気分です。特に、「トイストーリー3」の方は、かなりの傑作とみました。

 ピクサー作品を全部見たわけではありませんが、最高傑作ではと思ったほどです。これまでのピクサー作品はどこか子供向け作品だという意識からか、想像力と作り込みにブレーキを掛けていたように思います。それはディズニー作品にもいえます。われわれ大人になってもアニメをみる日本人には物足りないと思わせるところがあったのです。それがこの「トイストーリー3」で一歩踏み込んだようです。「プリンセスと魔法のキス」も快作でした。今アメリカアニメの逆襲が始まったのかもしれません。

 一方「必死剣鳥刺し」の方もかなりの傑作です。ただ、長い間日本映画の低予算ぶりにいらだってきた者として、今回もまたかの感が拭えませんでした。御殿内の撮影は昔だったらセット撮影だったはずです。愛妾の住む奥御殿ならなおさらです。木の香ただよう豪華さが必要です。おそらく冒頭の能舞台も文化財を使うのではなく、時代劇映画全盛時代だったら、豪華セットを組んでいたかもしれません。残念です。

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by arihideharu | 2010-07-18 04:46 | 映画・演劇 | Comments(3)
猪牙舟(ちょきぶね)
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 時代小説を読んでいると猪牙舟がよく出てきます。猪牙舟とは舳先(へさき)を猪の牙のように尖がらせた細長い川船です。隅田川に浮かぶ小型タクシーといった存在で、また早く走るために作られたためやや安定性に欠く側面もありました。北斎や広重などの錦絵によく描かれ、江戸を代表する風物のひとつです。

 ところがこの猪牙舟、映画やテレビに出てくることはほとんどありません。戦前戦後の時代劇映画全盛時代でもそうでした。理由は時代劇が京都で撮影されるのが普通だったからといわれています。京都には川舟の伝統が残っていたのが仇となったようです。

 ぼく自身も本物は深川の資料館で見たぐらいの記憶しかありません。勿論それは復元された舟です。そのときの見た記憶をたどると、なんとなく違和感があったのを覚えています。それは江戸の絵師が好んで描いた猪牙舟と印象が少し違ったからです。全体が鈍重で舳先も青龍刀を思わせるような流麗さが足りなく思えました。しかし、ぼくは北斎はじめ江戸の絵師はよくデフォルメして描くので、そのせいだろうとそのときは納得しました。

 それからこの商売を始め、様々な浮世絵を見ているうちに、北斎たちのデフォルメはまんざら嘘でもないように思えてきました。理由は江戸の川舟の舳先は一部の種類(渡し舟など)を除いて、ほとんどが猪牙の形をしていることに気が付いたからです。よほど江戸人はこの形が好きだったのでしょう。猪牙舟は江戸の粋人が吉原に行くとき仕立てる舟です。相当格好よかったに違いありません。江戸の粋を集めた川舟が猪牙舟ではないかと推察すると、デフォルメもまんざら嘘でもなく、ケレン味たっぷりの形をした舟ではないかと思うに至ります。なかばぼくの妄想です。
 
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by arihideharu | 2010-07-12 04:09 | 映画・演劇 | Comments(2)
大映時代劇
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 東映時代劇が今見るとハズレが多いことは前に書きました。それとは逆にハズレが少ないのが大映時代劇でした。大映には市川雷蔵と勝新太郎という芸風の違う二枚看板がいて、それぞれ人気シリーズ「眠狂四郎」と「座頭市」が競い合っていたのと関係あるかもしれません。
 
 映画の印象も東映とは逆でした。暗く地味でした。また、それが魅力でした。女優の扱いも違っていました。看板役者の引き立て役ではなく、生の女がそこにはいました。藤村志保・中村玉緒・若尾文子などがそれです。

 大映時代劇の主人公は常にアウトローでした。それは戦前からのチャンバラ映画の直系を意味します。

 大映にはチャンバラ映画の父、伊藤大輔が長くいました。溝口健二の弟子も多くいました。名キャメラマン宮川一夫もいました。

 あの当時(ぼくが映画小僧だったころ)チャンバラ映画のご本尊は大映にいたことになります。

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by arihideharu | 2010-07-05 00:19 | 映画・演劇 | Comments(0)
近衛十四郎の殺陣
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 ぼくが映画雑誌を愛読していたころ、時々チャンバラスター殺陣上手ランキングという企画をやっていたました。すると決まって、阪東妻三郎や大河内伝治郎をおさえ1位は三船敏郎でした。ほとんどが戦後育ちの評論家や映画人が投票するのですから当然の結果といえました。

 そのランキングでいつも上位に顔を出す役者で、ぼくにとって意外な役者が一人いました。近衛十四郎です。ぼくはその度に(?)でした。

 というのは、ぼくは近衛十四郎の映画を見たことがなかったからです。あの有名なテレビ時代劇「素浪人 月影兵庫」もあまり見た覚えがありませんでした。

 その後も近衛十四郎主演の映画やテレビ作品をきっちり見る機会がありませんでした。

 そして数年前、作家の宮本昌孝さんと会食した際、この話題がでました。氏もまた近衛十四郎の殺陣を絶賛するひとりでした。勿論、その時もぼくは(?)でした。

 これはこういうことに似ています。いくら「イチロー」のバッティングが素晴らしいから見ろと言われても、その時のマリナーズの試合っぷりが面白くなければ「イチロー」の打席を熱をもって見ることは出来ません。
 
 実は、ぼくは何度となく近衛十四郎主演の映画を見ようとしましたが、残念ながら面白い映画にあたらず途中で見るのを放棄していました。

 しかし、やっと面白い映画に当たりました。たまたま見た、監督・山内鉄也、脚本・高田宏治 「忍者狩り」です。これは素晴らしいチャンバラ映画でした。

 さて、肝心の殺陣ですが、確かに上手です。多分、系統からいったら「三船敏郎型」です。そして映画は「黒澤明型」でした。

 ぼくには近衛十四郎の殺陣を見るたのしみが残っているようです。

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by arihideharu | 2010-06-25 01:55 | 映画・演劇 | Comments(0)
東映時代劇
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 深夜、「江戸の悪太郎」という古い東映時代劇を見ました。監督はマキノ雅弘、主演は大友柳太朗、1959年度作品です。マキノ雅弘は、ぼくの大好きな監督であり娯楽映画の巨匠です。また、大友柳太朗は生きている「武者絵」といえるほど立派な顔と躰をもった役者で、ぼくが初めてファンになったチャンバラスターです。

 見終わってホッとしました。最後までイッキに見た東映時代劇は久しぶりだったからです。

 実は東映時代劇はハズレが多いのです。公開当時はドル箱だった作品のなかで、今見ても面白いと思うものは意外と多くありません。ただ、お金の掛かったセットと、いま探してもない日本の風景がフィルムに残っているので出来るだけ見ておこうと考えています。
 
 東映時代劇は大衆演劇に似ています。見る方も作る方も演技や演出といったものに完成度も芸術性も求めない、言わば外連(けれん)の世界です。それはそれで映画の王道かもしれません。

 東映には名女優がいないと言われました。チャンバラと外連(けれん)を看板にした映画には女優の名演技はジャマだったのかもしれません。

 女優陣には小村雪岱の絵から抜け出たような美しい「千原しのぶ」などもいたのに惜しい限りです。

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by arihideharu | 2010-06-03 02:22 | 映画・演劇 | Comments(0)
東宝時代劇
 
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 ぼくらの世代、時代劇映画といえば東映と大映ですが、東宝も「若大将」と「無責任」シリーズだけではなく、時代劇も作っていました。(この場合、黒澤明作品以外という意味)

 東宝には稲垣浩という大作時代劇を手掛けることの出来る監督と、大掛かりなセット作りが得意なスタッフ、そして特撮の名人円谷英二がいたのが他の映画会社を圧倒していました。
 
 それは東宝版「忠臣蔵」を見れば分かります。冒頭の松の廊下のセットは、これ以上のモノは不可能と思われるくらい素晴らしい出来です。クライマックスでは雪景色の江戸の町を大きいスケールで再現しています。

 東映と大映のセットは歌舞伎の書き割りの延長線上にあるのに対し、東宝は唯一ハリウッドを意識していました。

 「大阪城物語」と「大龍巻」での大阪城の雄姿はこれもまた見事な再現でした。そしてラストはゴジラ映画のように、炎上し破壊してみせます。

 このスケールは、今となっては夢物語というしかありません。

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by arihideharu | 2010-05-12 15:32 | 映画・演劇 | Comments(3)
もうひとつの世界
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いま世評に高い映画「アバター」を観ました。我が家には妻と3人のこどもがいますが、いずれも映画好きで、全員がこの映画は観たようです。
 
 「アバター」が特定の映画に似ているいうことは公開当初から広く言われていました。面白いのは観るものの世代によって似ているという対象が異なることです。「天空の城ラピュタ」や「もののけ姫」に似ていると言ったり、「ポカホンタス」だ、いや「ターザン」だ。「マトリックス」にも似ているぞ。空を飛ぶところは「ダイノトピア」だと言った具合です。

 ぼくも似ているというものをひとつあげたいと思います。それはエドガー・ライス・バローズの「火星シリーズ」です。この本はぼくが初めて夢中になった長編SF小説です。

 ときは南北戦争直後、場所はアメリカ。主人公のジョン・カーターは元南軍士官です。職を失ったカーターは金鉱をもとめて西武へ渡ります。さて、金鉱を探し当てたのはいいのですが途中、アリゾナの山地でインディアンに襲われます。彼は夜を徹して足場の悪い渓谷を逃げ続け、身も心もボロボロになりながら洞窟に倒れ込むように逃げ込みます。そして、そこで深い眠りに落ちます。眠りから覚めたカーターは驚きます。なんとそこは地球ではなく火星だったのです。

 これがSF小説の古典の名作の出だしです。何とも唐突な話しの持っていき方ですが、これが少年のぼくを夢中にさせました。

 その後カーターは何度か地球に立ち返り、子孫に自分の数奇な運命を語り伝えます。そのときの彼は敗軍の元士官ではなく、絶世の美女である火星のプリンス、デジャー・ソリスを娶り火星の大元帥になっていました。 

 語り終えたカーターは、あの人馬も通わぬアリゾナの洞窟に戻り横たわります。眠りに落ちた後は再度、火星の地で目覚めます。勿論、彼の地では冒険とロマンが待っています。

 ここで肝心なのは、地球より質量の小さい火星においては重力が弱く、地球人の筋力はスーパーマン並になることです。そう、ジョン・カーターは火星の英雄として生きたのです。

 ぼくが「アバター」と似ていると思うところはここです。眠りの果てにもうひとつの世界が開かれ、その世界にこそ解き放たれた本当の自分がいるという思いです。しかも、そこでは自分は英雄として活躍し生きているのです。

 実に男の子らしい夢です。多くの少年たちがこの幻想に取り憑かれます。おそらく、ジェームス・キャメロンもそんな子供のひとりだったのでしょう。そして、その幻想を繰り返すことは創作活動そのものにほかなりません。そうしてみると、映画「アバター」はジェームス・キャメロンの少年時代の自画像なのかもしれないと思うのです。

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by arihideharu | 2010-02-12 19:54 | 映画・演劇 | Comments(0)