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わくわく挿絵帖
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カテゴリ:読書( 20 )
句集『其角俳句の江戸の春』
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 去年の夏から昼食のたびに、句集『其角俳句の江戸の春』(半藤一利・著)を開いています。一日一句を読むことを目指しながら、読解力の低さから遅々として進まず、それでもなんとか三分の二を過ぎるところまできました。

 ぼくは今までこの手の本は読んだことがありませんでした。というのも、人間には二種類あると思っていて……、それは詩歌を読んで楽しめる人とそうでない人です。ぼくは後者の典型で、十代から何度か詩集や歌集に挑戦してきましたが、ぼくの頭は結局分かりやすい散文にしか反応しないと悟り、読むのを諦めてきたのです。

 ところがさすがに俳句は庶民の文学で、読めばそれなりにイメージがつかめるように出来ています。その上、其角俳句の魅力もさることながら、半藤さんの解説が秀逸で飽きさせないのが続いている理由だと思っています。句集がこれほど面白いとは知りませんでした。

 そして今は、俳句は絵を描く人間とは相性がイイのかもしれないと思い始めています。というのは俳句は十七文字の中に名詞が必ず複数含まれ、その連想から言葉の理解より先に、簡単な絵がうかぶ仕掛けになっていると気がついたからです。さらに解説を読み、句を理解する段階になると名句のパワーが発揮され、今度は相当いい絵がうかんできて、想像力が刺激されていきます。

 例えば、「ねこの子のくんづほぐれつ胡蝶哉」
これなどは応挙あたりが描いていそうです。画題にしてみたくなる一句です。

 「酒の瀑布冷麦の九天より落るならむ」
これは其角の身体にすむ蚤が、酒の匂う袖口あたりで見た景色でしょうか、ケレン技の得意な国芳か赤塚不二夫の漫画で見たいものです。いや、アニメーションの方が面白いかもしれません。

 「冬来ては案山子のとまる鴉かな」
これなど誰が描いても比較的似た絵柄になりそうですが、絵描きのセンスが試されそうでちょっと怖い感じがします。

 この三つは其角俳句の中で、かなり絵画的かつ分かり易い句の方で、大体は解説を読まなければチンプンカンプンで、句と解説を行ったり来たりしながら読んでいきます。

 いずれにしろ、一つひとつ読んでいく呼吸は、ミュージアムの壁にかかる絵画を一枚一枚観ていく呼吸に似ています。

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by arihideharu | 2012-04-23 22:48 | 読書 | Comments(0)
二人のエース
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 ぼくが時代小説を一番盛んに読んでいたのは20代から30代です。すごい勢いで読んでいましたから、その頃住んでいた国立には大きな本屋が2軒あったにもかかわらず段々と読む本がなくなり、ある時期から新しく入る本(新刊本)を待って買うというサイクルになりました。といってもぼくの買う本は基本文庫だけですから、今から考えると大した量ではなかったと分かります。

 その待って買う本の中には二人のエースがいました。勿論、藤沢周平と池波正太郎です。

 ぼくはすでに相当の山本周五郎ファンになっていましたから、「山本周五郎の後継者」と呼ばれた藤沢周平の出現は日照りに慈雨のようなもので、デビュー作の「暗殺の年輪」から新しい本が一冊一冊と増えていくのが楽しみでしかたありませんでした。

 他方、池波正太郎はすでに「鬼平犯科帳」「仕掛人・藤枝梅安」「剣客商売」の人気シリーズが正に進行中で、飲み助にとっての冷蔵庫にたっぷり入ったビールのような存在で、グイッとやるのがたまりませんでした。

 ところがその新刊本も読み終わると、シリーズものなどは特に続きが読みたくて仕方なくなります。「鬼平」や「剣客商売」あるいは平岩弓枝の「御宿かわせみ」や「はやぶさ新八」などです。そこでぼくは本になるのが待ちきれず、それらがを連載している小説誌の存在に目を向けることになります。

 これが小説誌を読み始めたきっかけであり、はたまたぼくが小説誌の挿絵を描きたい、挿絵画家になりたいと思ったきっかけにもなった訳です。それに、挿絵が載るようになったら月に何冊も買っていた小説誌を買わずにすむと思ったのも事実です。

 話しを藤沢周平と池波正太郎の二人のエースに戻します。両者とも本領が江戸を扱う時代小説ですが、大きな違いがありました。

 藤沢周平の作品に出てくる人々は多くは貧しく、己の誇りとか品格すら常に危く、あるいはそのバランスを取ることさえ諦めてしまうほど、むき出しで生きている底辺の人々でした。これは特に初期作品に顕著で、読んでいると気が滅入るほどでした。これは特に初期作品に顕著で、読んでいると気が滅入るほどでした。しかし、ぼくはこの暗い初期作品が好きでした。暗ければ暗いほど好きでしたし、魅力的でした。

 何故なら、ノックダウンをくらったボクサーが、おぼつかない足取りで両腕を持ち上げバランスを取りながら立ち上がろうとする姿は、ダウンしたダメージが大きければ大きいほど美しくみえます。藤沢周平の作品はこの構造で、より傷ついている主人公が小説の魅力に繋がっていたからです。

 一方、池波正太郎の小説の主人公たちは反対にお金をかなり持っています。「剣客商売」の秋山小兵衛はかなりコスく金を稼いでいます。梅安にいたっては人を殺めて金を貯め込んでいます。また鬼平は権力者の側ですから勿論のことです。

 池波正太郎の小説の魅力は、ここにあります。つまり、主人公たちはちょっとした小金持ちで、そして、その金を使う姿を見せることによって江戸の「いき」とか「野暮」が透けてみえてくる仕掛けです。何ともうらやましい生き方がそこにはありました。

 若いときのぼくはこの二人の作品を読むことは生きる糧でした。
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by arihideharu | 2011-08-22 13:49 | 読書 | Comments(0)
少年文化
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 歴史時代小説の読み始めが「梟の城」だったことは前に書きました。その次に読んだのが「龍馬がゆく」でした。これもアパートの向かいの部屋に住んでいた四つ年上の男に借りたものです。勿論、強烈に面白く一気に読んだことを覚えています。

 すると不思議なもので、面白いと言われる時代小説の話題が耳に入ってくるようになります。「あれは最高だ」「とにかく読め。読まないとモグリだ」というような話がどこからともとなく聞こえてきます。「あれは最高だ」と言われていたものとは五味康祐の「柳生武芸帳」でした。

 当時、半ば伝説化していたこの小説との出会いが挿絵画家になったきっかけかもしれません。というのは、これ以後しばらく時代小説の中でもチャンバラ小説を選んで読むようになったぼくは「これは、どこかで読んだことがある」というストーリーが、頻繁に出て来ることに気がつくのです。その「どこか」とは子供の頃読んだ「漫画」です。そうです。子供の頃読んだ漫画のネタ元に辿り着いていたのです。

 ぼくが小学校当時の漫画の中心は新興の「少年サンデー」や「少年マガジン」以外に貸本屋があり、床から天井まで積み上げられた漫画本が子供たちの心をつかんでいました。

 その漫画本の山は、ぼくの中では二つに分かれていました。手塚治虫と白土三平です。言うまでもなく手塚治虫は現代・SFもので、白土三平は時代ものです。

 ぼくは強く白土三平に惹かれました。最初に心をつかんだのは「サスケ」でした。主人公が少年であり、その成長物語であったことが何より惹きつけられた理由です。少年時代、忍者になることが夢だったぼくは「サスケ」はいわばぼくの分身でした。 

 また、白土三平以外にもチャンバラ漫画は沢山あって、そのどれもが上手な描き手でした。40年以上前、「少年文化」の中心には「チャンバラ」が確実にあったのです。

 つまり、「柳生武芸帳」によってぼくの中にあった「チャンバラ小僧魂」が呼び覚まされたのです。

 しかしその頃、予備校仲間との話題はセザンヌや青木繁、ジャスパー・ジョーンズについてがほとんどでした。


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by arihideharu | 2010-11-12 00:37 | 読書 | Comments(0)
廻り方同心
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 捕物帖には若くって颯爽とした岡っ引きや同心が出てきます。これは捕物帖の決まり事で当代の人気役者が演じる慣いになっています。ですからぼくも菊之助や海老蔵を思い浮かべて描いています。それはそれとして、実際はどうだったかというのを調べるのもまた楽しみの一つです。

 先ずは、花形商売廻り方同心ですが、これは奉行所内の出世頭でおいそれとはなれないお役目といわれています。命令系統としては唯一与力の下に付かず、奉行から直接命令を受けるということになっています。この廻り方同心は定廻り、臨時廻り、隠密廻りの三廻りと呼ばれ3つに分かれます。その中で定廻り同心がさらなる花形ということになります。

 三田村鳶魚は定廻り同心になるまでは、12・3歳で奉行所へ見習いに出て、30年あるいは40年、雨の日も風の日も日照りの暑さの中も怠らず背中にひびをきらして勤め、その中で手柄を立てた優れた者だけがこの役に就けたといっています。すると、なったときは40から50歳ということになります。この定廻り同心は6名いました。そして、このお役目を勤め上げた者が臨時廻りになるといっています。(これも6名)ここまで辿り着くのは・・・。聞いただけで目眩がしそうです。また、この臨時廻りは同心達の相談役です。最後の隠密廻りは同心の長老格2名がなるといっています。奉行所の外においては定廻り同心が肩で風を切り、内においては隠密廻り同心が重きをなしたと書いています。おそらく隠密廻り同心は密偵を指図する役目で最も情報が集まる強面の役かと思われます。廻り方同心は実戦部隊ですから年功序列と能力主義が半々というところでしょうか。

 また、奉行所には与力も同心も本勤の3分の1近くの人数の見習いがいました。年齢は、これは想像ですが10代から30代まで、使い走りから即戦力まで幅広くいたのではないでしょうか。

 この見習いの間、切り絵図や武鑑・町鑑を頭の中に叩き込み、目出たく定廻り同心になったころは江戸の町を掌を指すように知り尽くしていたのではと想像しています。 


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by arihideharu | 2010-08-23 13:02 | 読書 | Comments(0)
「四十八人目の忠臣」(2)
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 毎日新聞の連載小説「四十八人目の忠臣」が23回目に入りました。諸田さんらしい色っぽい導入部と仕掛け、スピード感と共に読む者を引き込みます。

 また、冒頭から浅野家藩主長矩が男色家であることが明らかにされます。これは東京での下調べでも赤穂での取材でも、研究者の間では共通認識としているのを、諸田さんの取材にくっ付いて行ったぼくは驚きました。

 さてこれをどう料理するか、興味津々でした。さすがにプロですね。見事というしかありません。

 時代考証家の稲垣史生は衆道は弘法大師が唐から持ち帰り、僧侶から平安貴族の間に広まり、やがて武家に伝播し、江戸時代には一般化したと書いています。そして衆道は武士道と密接な関係があるともしています。

 主人公の「きよ」は長矩の正室「阿久里」つきの女中、その恋人の磯貝十郎左衛門は長矩の寵童上がりの家臣。この恋いわばご法度、さてどうなるか。

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by arihideharu | 2010-06-11 18:12 | 読書 | Comments(0)
池波正太郎とヘミングウエイ
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 「池波正太郎の世界」という雑誌があります。丁寧な作りで見ていて楽しい読み物です。ぼくはその中で秋山小兵衛や梅安先生のイラストを描いています。

 池波正太郎の小説はぼくにとって特別な存在です。それは20代の自分がナニモノでもなかった時代、夏になると何度も繰り返して読んだ思い出があるからです。 

 多くは市営プールのプールサイドで本を開きました。こういうときは出来るだけ長編やシリーズものが合います。ぼくの贔屓は「剣客商売」でした。 

 同時期、もう一つ贔屓の長編がありました。それは、ヘミングウエイの「海流の中の島々」です。 二つともハードボイルドと呼ばれる男の世界の話しです。一方の主人公は剣士で、もう一方は画家です。二人とも老境に入っています。男の成長と老いを問うているのが共通点です。
 
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 今、あの暑いプールサイドでの読書を思い浮かべると、永遠に続く老境がそこにあり、そしてそれがこの世の最高の幸福と思えてきます。
by arihideharu | 2010-05-21 01:30 | 読書 | Comments(0)
連載小説「四十八人目の忠臣」
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 いよいよ、5月17日から毎日新聞で諸田玲子さんの連載小説「四十八人目の忠臣」が始まります。「忠臣蔵」を素材にした物語です。ぼくは挿絵を担当します。

 今回は取材にも同行し、ネタの仕込みの現場に立ち会うという貴重な体験をしました。

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 それは去年の秋でした。多分、諸田さんは新幹線に乗るまで、新しい小説について白紙状態だったと思います。それが、赤穂に近づくにつれて頭脳が動き始め、到着し取材し始めると加速して行くようでした。そして、一泊し帰る頃には急速に詰め込まれた知識が加熱し、創作の歯車が回りだしているのが、側にいるとよく分かります。

その過程はまるで受験生のような刻苦ぶりだなと、ぼくは思いました。しかし、深刻さはなく、むしろ楽しんでいるのが不思議なくらいです。

 おそらく、この童女のような小説家はこんな綱渡りのようなことをヒョウヒョウと何度もこなし、前へグングン進んで来たのだと彼女を見ながら、ぼくは感じていました。
by arihideharu | 2010-05-08 03:22 | 読書 | Comments(0)
もうひとつの世界(3)
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 高校の頃、美術部の隣に文芸部があったという話しを前回書きました。その彼らから、いろんな本を教えられました。その中でかなり強烈だったものがあります。

 寺山修司の「書を捨てよ、町に出よう」を代表する著作物です。これには驚きました。何故なら、これ全編もうひとつの世界だったからです。

 ぼくがそれまでしていた空想は現実離れした、予定調和の世界です。しかし寺山修司のもうひとつの世界はその逆ともいえるものでした。

 つまり、こうです。呪文を唱え、もうひとつの世界への扉を開け中へ入ります。すると、そこには自分がいるいつもの現実の世界と、寸分違わない世界があったのです。しかし、どこか違います。明らかにもうひとつの世界です。この感覚を確認するために、もとの世界に帰ります。ところが現実の世界のはずがどこか変です。

 迷宮に入り込んだのです。もといた世界に本当に帰れなくなった恐怖が、ぼくを襲います。

 明らかに大人の世界へ入り込んだ自覚をした瞬間です。

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by arihideharu | 2010-02-21 11:41 | 読書 | Comments(0)
もうひとつの世界(2)

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 前回、映画「アバター」にからめてエドガー・ライス・バローズの「火星シリーズ」について少し書きました。このことについてもう少し書きたいと思います。

 子供の頃はいろんな夢を見たり空想をしたりします。特に就寝前はそれがピークを迎えます。布団に入り、目をつむるとき少しドキドキし始めます。日頃している空想を夢の中にすべり込ませ、睡眠中に見る準備をするからです。

 それが「火星シリーズ」を知ってから、ぼくの場合就寝前の空想はこれ一色となります。こういう具合です。

 眠くなりかけたとき、呪文を唱えます。すると、もうひとつの世界の扉が大きくゆっくりと開きます。ぼくは彼の地、火星で目覚めるのです。そして、すっくと立ち新しい冒険を始めます。勿論、それはもうひとりのデジャー・ソリスを娶る旅でもあります。やがて冒険はぼくのオリジナル作品となっていきます。

  ぼくは少年期からかなり長い間、この就寝儀式を繰り返していました。でも、このことをほとんど誰にも話していません。というのも、恥ずかしいのもありますが、意外にこのシリーズを読んでいる人が少なかったかったせいだと思っています。あるいはぼくと同じように、本当の読者はその事実を隠していて話題にするのを嫌ったのかもしれません。
 
 高校のときぼくは美術部にいました。同学年で男子はぼくひとりだけで、あとの多数は女子でした。隣に文芸部がありました。ここは男子ばかりで、いずれも一癖ありそうなヤツばかりです。当然、彼らは何かと美術部に遊びに来ました。勿論、目当ては女子にありました。それはさておき、彼らは本を読むのが好きな者の集団ですから、読んだ本の話しを一緒に沢山しました。しかし、エドガー・ライス・バローズの「火星シリーズ」についてしゃべった記憶がありません。

 上京しぼくは多くの画学生と知り合いました。画学生は大概、小説や映画が大好きです。ところが「火星シリーズ」で話しに花が咲いた記憶がありません。これは偶然だったのでしょうか、不思議です。

 ただ言えることは「火星シリーズ」を読んだ者はもうひとつの世界へ行く回路を頭の中に埋め込まれ、ある信号が見えたり聞こえたとき、否応なくその世界へ引き込まれる定めになっていることです。ここでやっかいなのは、現実の世界へ帰れなくなる危険があることです。

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by arihideharu | 2010-02-16 15:56 | 読書 | Comments(0)
ソッソ ソクラテスもプラトンも
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 今年も受験シーズンがやって来ました。30年以上前になります。ぼくもまたその真っ只中にいました。

 地方出身のぼくは、東京近郊の親戚の家を頼り、宿としました。美大を目指していましたから、画材道具やらで荷物は膨らみます。その膨らんだ荷物の中には、数冊の文庫本も混じっていました。

 ぼくは受験の間、夜になるとそれをを引っぱり出しては読みふけりました。そして、帰郷するころには2冊の小説を読み終えました。
 
 野坂昭如・著「アメリカひじき・火垂るの墓」と深沢七郎・著「楢山節考」です。

 深沢さんは早くにお亡くなりになりましたので、読む機会がなくなりなした。しかし野坂昭如さんに関しては、その後もぼくは従順な読者であり続けました。

 ミニコミ紙から始まり週刊誌に掲載したエッセイ群は、あの独特の文体とともに異彩を放っていました。

その中で学んだ最大のことは「男は日和っていいんだ、変節していいんだ。」ということです。野坂昭如独特のレトリックであり、生き方です。

 それは戦前戦中の男たちが無謀な戦争に突入し、日和ることなく国を亡ぼしたことと関係がありました。
 
 「そう、日和っていいんだよ!」「ソッソ ソクラテスもプラトンも み〜んな悩んで 大きくなった!」とC調で歌っていた野坂さんを思い出すと、なんだか楽しくなります。

 野坂さんの八方破れな言動と颯爽とした姿が、テレビから消えたのは寂しい限りですが、時折ラジオで書たてのエッセイを聴くと、やはり野坂昭如はぼくらの輝く星だなと改めて思い直します。

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by arihideharu | 2010-01-15 23:17 | 読書 | Comments(0)