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わくわく挿絵帖
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もうひとつの世界(3)
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 高校の頃、美術部の隣に文芸部があったという話しを前回書きました。その彼らから、いろんな本を教えられました。その中でかなり強烈だったものがあります。

 寺山修司の「書を捨てよ、町に出よう」を代表する著作物です。これには驚きました。何故なら、これ全編もうひとつの世界だったからです。

 ぼくがそれまでしていた空想は現実離れした、予定調和の世界です。しかし寺山修司のもうひとつの世界はその逆ともいえるものでした。

 つまり、こうです。呪文を唱え、もうひとつの世界への扉を開け中へ入ります。すると、そこには自分がいるいつもの現実の世界と、寸分違わない世界があったのです。しかし、どこか違います。明らかにもうひとつの世界です。この感覚を確認するために、もとの世界に帰ります。ところが現実の世界のはずがどこか変です。

 迷宮に入り込んだのです。もといた世界に本当に帰れなくなった恐怖が、ぼくを襲います。

 明らかに大人の世界へ入り込んだ自覚をした瞬間です。

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by arihideharu | 2010-02-21 11:41 | 読書 | Comments(0)
もうひとつの世界(2)

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 前回、映画「アバター」にからめてエドガー・ライス・バローズの「火星シリーズ」について少し書きました。このことについてもう少し書きたいと思います。

 子供の頃はいろんな夢を見たり空想をしたりします。特に就寝前はそれがピークを迎えます。布団に入り、目をつむるとき少しドキドキし始めます。日頃している空想を夢の中にすべり込ませ、睡眠中に見る準備をするからです。

 それが「火星シリーズ」を知ってから、ぼくの場合就寝前の空想はこれ一色となります。こういう具合です。

 眠くなりかけたとき、呪文を唱えます。すると、もうひとつの世界の扉が大きくゆっくりと開きます。ぼくは彼の地、火星で目覚めるのです。そして、すっくと立ち新しい冒険を始めます。勿論、それはもうひとりのデジャー・ソリスを娶る旅でもあります。やがて冒険はぼくのオリジナル作品となっていきます。

  ぼくは少年期からかなり長い間、この就寝儀式を繰り返していました。でも、このことをほとんど誰にも話していません。というのも、恥ずかしいのもありますが、意外にこのシリーズを読んでいる人が少なかったかったせいだと思っています。あるいはぼくと同じように、本当の読者はその事実を隠していて話題にするのを嫌ったのかもしれません。
 
 高校のときぼくは美術部にいました。同学年で男子はぼくひとりだけで、あとの多数は女子でした。隣に文芸部がありました。ここは男子ばかりで、いずれも一癖ありそうなヤツばかりです。当然、彼らは何かと美術部に遊びに来ました。勿論、目当ては女子にありました。それはさておき、彼らは本を読むのが好きな者の集団ですから、読んだ本の話しを一緒に沢山しました。しかし、エドガー・ライス・バローズの「火星シリーズ」についてしゃべった記憶がありません。

 上京しぼくは多くの画学生と知り合いました。画学生は大概、小説や映画が大好きです。ところが「火星シリーズ」で話しに花が咲いた記憶がありません。これは偶然だったのでしょうか、不思議です。

 ただ言えることは「火星シリーズ」を読んだ者はもうひとつの世界へ行く回路を頭の中に埋め込まれ、ある信号が見えたり聞こえたとき、否応なくその世界へ引き込まれる定めになっていることです。ここでやっかいなのは、現実の世界へ帰れなくなる危険があることです。

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by arihideharu | 2010-02-16 15:56 | 読書 | Comments(0)
もうひとつの世界
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いま世評に高い映画「アバター」を観ました。我が家には妻と3人のこどもがいますが、いずれも映画好きで、全員がこの映画は観たようです。
 
 「アバター」が特定の映画に似ているいうことは公開当初から広く言われていました。面白いのは観るものの世代によって似ているという対象が異なることです。「天空の城ラピュタ」や「もののけ姫」に似ていると言ったり、「ポカホンタス」だ、いや「ターザン」だ。「マトリックス」にも似ているぞ。空を飛ぶところは「ダイノトピア」だと言った具合です。

 ぼくも似ているというものをひとつあげたいと思います。それはエドガー・ライス・バローズの「火星シリーズ」です。この本はぼくが初めて夢中になった長編SF小説です。

 ときは南北戦争直後、場所はアメリカ。主人公のジョン・カーターは元南軍士官です。職を失ったカーターは金鉱をもとめて西武へ渡ります。さて、金鉱を探し当てたのはいいのですが途中、アリゾナの山地でインディアンに襲われます。彼は夜を徹して足場の悪い渓谷を逃げ続け、身も心もボロボロになりながら洞窟に倒れ込むように逃げ込みます。そして、そこで深い眠りに落ちます。眠りから覚めたカーターは驚きます。なんとそこは地球ではなく火星だったのです。

 これがSF小説の古典の名作の出だしです。何とも唐突な話しの持っていき方ですが、これが少年のぼくを夢中にさせました。

 その後カーターは何度か地球に立ち返り、子孫に自分の数奇な運命を語り伝えます。そのときの彼は敗軍の元士官ではなく、絶世の美女である火星のプリンス、デジャー・ソリスを娶り火星の大元帥になっていました。 

 語り終えたカーターは、あの人馬も通わぬアリゾナの洞窟に戻り横たわります。眠りに落ちた後は再度、火星の地で目覚めます。勿論、彼の地では冒険とロマンが待っています。

 ここで肝心なのは、地球より質量の小さい火星においては重力が弱く、地球人の筋力はスーパーマン並になることです。そう、ジョン・カーターは火星の英雄として生きたのです。

 ぼくが「アバター」と似ていると思うところはここです。眠りの果てにもうひとつの世界が開かれ、その世界にこそ解き放たれた本当の自分がいるという思いです。しかも、そこでは自分は英雄として活躍し生きているのです。

 実に男の子らしい夢です。多くの少年たちがこの幻想に取り憑かれます。おそらく、ジェームス・キャメロンもそんな子供のひとりだったのでしょう。そして、その幻想を繰り返すことは創作活動そのものにほかなりません。そうしてみると、映画「アバター」はジェームス・キャメロンの少年時代の自画像なのかもしれないと思うのです。

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by arihideharu | 2010-02-12 19:54 | 映画・演劇 | Comments(0)