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わくわく挿絵帖
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「あー、どちらもリアリズムだ」
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 3.11の直後ぼくの住む小平市も計画停電で、灯りが消えた夜がありました。外に出た妻が「来て、来て」と興奮の様子で、ぼくを呼びました。出てみると、彼女が意味するものがすぐ分かりました。息をのむような星空の美しさと静寂の闇の中にある家並みの対比はまさに聖夜の様です。

 こんな夜空を見るのは久しぶりでした。東京では勿論のこと郷里の秋田を出てから初めてかもしれないと思いました。

 静寂と闇は古い記憶を呼び覚まします。東京でも冬の夜空はきれいですが、それが四十年前の田舎の冬となるとなおさらです。

 ぼくの通った高校は、実家がある秋田県横手市の市街地から三キロほど離れた小高い丘の上にあります。途中には古代史に出てくる清原氏の居城跡があり、また近くには後三年の役の古戦場跡があります。

 学校には夏は自転車で通いますが、冬は歩いて通うことが多くなります。降雪でバスの運行が当てにならないからです。また部活(美術部)をして帰宅すると、昼の短い北国ですから夜になるのは当たり前で、深夜におよんだことも何度かありました、そういう時は当然帰りは徒歩になります。

 そんな帰りが深夜におよんだある冬の日です。なだらかな下り坂の国道が帰り道です。学校が建つ小さな森を出ると両側が急に視界が開け銀世界となった広い農地に出ます。その晩は晴れ渡った月夜でした。それも鮮やかな満月です。月明かりの雪景色ほどきれいなものはありません。しかし、これほど鮮やかで輝いた夜の雪景色を見るのは初めてでした。深夜で人の気配が全くないせいだと思いました。満月の空と青白く発光した雪野原は夜とは思えぬ異様な明るさです。キャッチボールは勿論のこと本も読めそうです。所々に林や点在する木々があり、その中の一本に大きく広げた枯れ枝にたくさんのカラスが止まっているのを見つけました。決して近い距離ではありません。ケヤキでしょうか葉を落としたりっぱ木の枝に数十羽、カラスは就寝中のご様子です。奇観です。何かで見た風景のようでもあります。スリラー映画…、あるいはブリューゲルの絵にあったかもしれないと思いました。

 ぼくの目はズームレンズのように、カラスにフォーカスし拡大していきます。カラスの大きなクチバシとざっくりとした重そうな羽が見えるようです。解像度の高い月夜にしか生まれない幻想です。しばらく立ち止まって眺めました。しかしどちらも違う気がします。つまり、スリラー映画でもブリューゲルでもないのです。昼間とは違う色を抑えたモノトーンの世界です。重厚さと軽やかさが混在しています。ぼくは歩を進めました。

 しばらく続いた平地が上り坂に差し掛かります。この先は清原氏の居城跡がある鳳(おおとり)山です。左手に見事な枝ぶりの松の木が一本立っています。ぼくはその下に立ち対峙しました。その松が月明かりと雪明かりで浮かび上がって見えたからです。

 「おーっ!雪松図だ」と思わず声が出ました。

 その当時買ったばかりの画集で見た、円山応挙の「雪松図」に余りにそっくりに見えたのです。雪を積もらせ重そうに枝を拡げたサマはまさにそれでした。

 ぼくが買った画集は江戸美術を集めたものでした。めくっていて一番興味を持ったのは、応挙の丸山派でした。それまでの日本の絵画にはない新しいリアリズムを備えた一派です。いち早く写生を取入れたのが特徴です。

 また、江戸美術にはそれとは正反対の方法論をとった一派があります。文人画と呼ばれる、ヘタウマ式作画でこの世にないものを多く描きました。池大雅や与謝蕪村などです。

 当時のぼくには丸山派はプロの絵で、文人画はアマチュアの絵という印象でした。

 話しを「雪松図」に戻します。とにかく、その時見た月明かりを浴びた雪の中の松が異様に美しく、またそれが画集で見たばかりの応挙の屏風絵そのものに見えたのが衝撃だったのです。

 そして衝撃が醒めやらぬうちに、また歩き出したぼくはハタと気がつきました。さっきズームアップして見たカラスは、スリーラー映画やブリューゲルの絵でもなく与謝蕪村が描くところの「鴉図」だったことに…。「鴉図」もまた、同じ画集に載っていました。

 「あー、どちらもリアリズムだ」と思いました。

 円山応挙の「雪松図屏風」も与謝蕪村の「鴉図」もアプローチの仕方が違いますが、どちらも自然を見事に写し撮っていたのです。

 ぼくは四十年前、月明かりの雪道で、ふたつも衝撃的場面に遭遇したのでした。

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by arihideharu | 2011-11-14 22:18 | 挿絵 | Comments(0)