ブログトップ | ログイン
わくわく挿絵帖
sashieari.exblog.jp
<   2012年 12月 ( 1 )   > この月の画像一覧
自身番(死体をおく場所・考)
b0185193_16411379.jpg


 時代劇には自身番がよく出てきますが、それは殺人事件が物語の中心にあるからで、むっつり顔の町方同心や早合点の岡っ引きが、たびたび押っ取り刀でかけつけ、戸板に乗せられた死体の検視をする場所として登場します。その場合、死体は自身番内の土間におかれ、同心はおもむろに被せてある筵を上げ、死体を改めます。多くの捕物帖はここから始まります。

 京都の東映撮影所にある、自身番のセットを見ると、なるほど死体をおくに十分な広い土間があります。さらに、その中心に麻雀卓のような立派な置き囲炉裏があるのが目を引きます。何度もテレビで見た覚えがあるものです。また、出入り口の腰高障子が三方向にあるのは実用からしたら過剰のようですが、撮影の利便性からと想像できます。これらは映画やテレビ時代劇の文法に属する話しです。

 多分、現代の作家が捕物帖を書こうと思いたち資料にあたると、そのほとんどの自身番の資料は笠間良彦さんが作画した、間口九尺奥行二間の自身番に出会うはずです。これは天保のころの絵師が描いた風俗研究誌「守貞謾稿」を写したものです。この三畳二間ほどの切妻の小屋の間取りを見ると、驚くことになります。何故なら、土間はありませんし、おまけに囲炉裏を切るのをお上はご法度にしていたとあるからす。

 おそらく、ここで多くの小説家は考え込むはずです。つまり、死体をおく場所がないからです。間取りから想像すると、軒下しかありません。といっても、入り口の軒下におくとしたら、出入りにじゃまで死体をまたぐしかありませんし、裏の軒下だといかにも不用心です。すると町木戸の脇に筵を被せて木戸番あたりを立たせて安置するしかありません。しかしストーリーの都合上、人目をはばかるようだと、自身番の中におくしかなく、その場合は物理的に奥にある板の間におくしかありません。ここは怪しい者を取り調べたり、泊めておくために用意されたスペースです。
 
 以上は見取り図からの想像ですが、実はぼくが読んだ近年の時代小説の範囲では自身番の入り口以外は、全部死体の置き場所として登場します。しかし、なんといっても一番多いのは自身番の土間におくという設定です。となると、今までの考察から、この設定は怪しいことになりなす。ところがどっこい、そうはなりません。何故なら、九尺二間の自身番はお上の推奨する大きさで、実際は二間×三間、六畳二間ほどのサイズが普通らしく、囲炉裏を切っているのも多く、度重なるお触れに関わらず、自身番の規模は法定を守ることは希だったようなのです。
  
 実際、三田村鳶魚の著作をみると、二間×三間ほどの自身番に一畳ちょっとの土間がついた間取りが紹介されています。これだと、死体を戸板ごと運び込むのは無理としても、障子戸を外し筵にまるめて、ゴロリと放り込むことが可能です。

 これで、捕物帖の語りの流れはとどこおることなく進みます。しかし、自身番の土間はくれぐれも猫の額ほどだということをお忘れなきように。
 
 とはいうものの、冷蔵庫のない時代、腐臭はたえがたいでしょうから、早々に早桶に入れて近くの寺にでもあずけ、首実検はそこですますのが無難というもの。勿論、ぼくの想像です。

b0185193_16415766.jpg

by arihideharu | 2012-12-14 17:19 | 挿絵 | Comments(0)