ブログトップ | ログイン
わくわく挿絵帖
sashieari.exblog.jp
<   2013年 05月 ( 3 )   > この月の画像一覧
『ミュシャ展』
b0185193_2373679.jpg


 ミュシャがパリで相当売れっ子だったこと以外はどんな一生を送ったか、ほとんどぼくは知りません。興味がないからではなく、絵を鑑賞するとき作家の経歴などをプラスして鑑賞すると、途端にうっとうしくなるからで、それは多分ぼくが気の小さい同業者せいです。つまり、嫉妬と劣等感が加速するのが嫌なのです。

 その下手な同業者が観た感想は、「これほど勤勉な画家はそうざらにいない」です。多作に関わらず、筆の乱れや駄作がないのは驚くばかりです。しかも、チューブの最後の一滴まで絞り出すように、高齢まで精力的に絵を描き続けています。さらに、ミュシャは画家にはめずらしく絵で財をなします。これはもう脱帽するしかないのですが、こういう画家は今も昔も嫉妬と同時に嫌悪の対象になることがしばしばあります。

 20世紀に入り混沌と革命の時代、モダンアートは筆の乱れと意図された駄作を炸裂することに熱中し始めます。それは取りも直さずアール・ヌーヴォーの商業性と装飾性とは、対立していくこととなります。 
 しかし、アール・ヌーヴォー的耽美主義はいつの時代も多くのファンがいました。
 日本においては、美人画の竹久夢二や、今でも国際的に最も売れた画家の筆頭に数えられる藤田嗣治などです。彼らはファンに支えられ、世俗的名声を得た点でもミュシャと共通しますが、同業者から「あれは絵ではなく、イラストレーションだ」と妙な言いがかりやときには差別的扱いをされることがあったのも共通します。

 ただ、女性を美しく描くという欲求はおそろしく根源的で抑え難く、ルサンチマンを抱えながら、断続的に多くの場合サブカルチャーとむすびつき、強力な磁場を放ち、常にどかで華を咲かせているのも事実です。
by arihideharu | 2013-05-31 23:12 | | Comments(0)
なんといっても88サラダ
b0185193_21554779.jpg


 近頃、ファミレスでのお気に入りメニューはロイヤルホストの「メンチカツ」とサイゼリアの「キャベツとアンチョビのソテー」です。
 ぼくはメンチカツを食べる習慣がなかったのですが、日替わりランチに出たメンチカツがあまりに美味しかったので、それ以降ランチメニューに注目し始め、一ヶ月ほど日替わりランチを楽しみに通ってみました。しかし、ひととおり食べた結果、やはりメンチカツが一番美味しいようです。 
 そして、ロイホのベストメニューはなんといっても88サラダです。これで赤ワインを一杯やりながら、本を広げるのが今のところベストです。
 季節は春キャベツのやわらかい甘みに変わっています。しかし、今日あたりは初夏ですね。
by arihideharu | 2013-05-15 21:59 | 暮らし | Comments(0)
駆け抜けて観た『フランシス・ベーコン展』
b0185193_162605.jpg


 フランシス・ベーコン展ほど短時間で観た展覧会はありません。ほぼ駆け足でぼくは観て廻りました。出来れば次の瞬きがくる前に観て廻りたかったほどです。
 勿論、フランシス・ベーコン展がつまらなかったわけではありません。むしろ、ぼくが描きたかった絵がほとんど総てがそこにあり驚いたほどです。

 大概の絵描きは、この世を再現することにエネルギーを注ぎます。
 ルネッサンス人は森羅万象を二次元に置き換えるために科学に着目し、印象派の画家は自分の身体をカメラにして外界を写しました。また、モダンアートの多くは現実の編集作業です。
 その結果、これらの絵を鑑賞したとき、我々は彼らが愛した世界と費やした時間を追体験することになります。
 
 しかし、ベーコンの絵はこれにあてはまりません。何故なら彼はこの世を描いていない可能性があるからです。
 おそらく、彼の手法は眼をつぶったときに見えたものを描いたか、あるいは瞬きをしたとき半眼で見た世界を描いたと思われます。それらは大体、瞬時に消えてしまう画像で、微妙にずれた次元のシンプルな日常です。
 
 ベーコンを観て、自分が描きたかった絵だとぼくが感じたのは、強い既視感が彼の絵にあるからで、実はこれがベーコン絵画の最大の特質と思われます。
 何故なら、ベーコンの画風というべき、手ぶれとピンぼけの写真のような画像は、われわれが価値がないと捨ててきた外界の断片で、価値を主張することもなく瞼の裏側に棲みつき、ときどき前触れもなく想念の回路に繋がれ、モノノケのように現れる、いわば意識の底に沈んだ残像で、誰もがストックしているものです。これが既視感の正体で、ぼくが描きたかった絵と思わせた理由と思われます。

 ぼくがベーコン展に入場した瞬間走り出したのは、凝視するより半眼で駆け抜けたほうが、彼が天啓を得た次元とシンクロさせる唯一の方法と直感したからです。
by arihideharu | 2013-05-10 16:30 | | Comments(0)