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わくわく挿絵帖
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谷文晁
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 谷文晁先生につきましては落語や小説に名人上手の代表として登場し、また江戸っ子の間でも小唄になるほど、人気・画料とも絶大だったことなどお噂は聞いてはいました。とはいうものの、はて江戸に君臨したこの師匠、どんな絵を描いたのか、ぼくは今まで失礼なことによく観たことがなく、こんどサントリー美術館でご開帳とのこと、妻と確かめに出かけてみることにしました。
  
 「いやー、まいりました」上手いって、こんな上手い絵描きは観たことがありません。
 大概の天才とか上手でも、かならず隙というか突っ込みどころがあるものですが、この師匠、まったくそれがありません。この絵を観たら、御大酒井抱一の絵も素人と思えるほどの上手さです。
 同じ御用絵師ベラスケスに例えるのもトンチンカンですし、さてさて起立して江戸文化に最敬礼するしかありません。
 
 百花繚乱の化政期江戸絵画の中心に谷文晁のような絶対的技量をもち、どんな絵も描けて、しかものびやかで癖がない、大人(たいじん)の風をもった師匠がいたのは大発見、嬉しいというしかありません。弟子の末席に加わるならこんな師匠のところがイイと思った次第です。
by arihideharu | 2013-08-18 01:05 | | Comments(0)
映画『風立ちぬ』
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 黒澤明の晩年の作に、『夢』というぼくの好きな作品があります。これはオムニバス形式で、いわば黒沢の制作ノートといった読後感をもつ、イメージの断片集です。
 ちょっと葛飾北斎における『北斎漫画』を連想させます。

 宮崎駿の『風立ちぬ』を観て、黒澤の『夢』を思い出したのは、もちろん夢のシーンが多いからですが、それよりも、ストーリーこそ小説や史実などからヒントを得ながらも、実は宮崎駿の頭に少年時代からため込んでいた動画を主人公の夢という形で吐き出すためにストーリーが奉仕している構造が黒澤の『夢』に似ていると思ったのです。
 あれほど奇想天外な物語で観客を驚かせた両雄がたどり着いたものが、ハラハラドキドキの世界ではなく、俳句のようなのどかさと諦観に満ちた世界は、活劇で名をなした者の映画にしては、カタルシスを欠いたスケッチ集のような仕上がりで偶然の一致とは思えません。
 
 映画『風立ちぬ』は、近代史の山場と天才飛行機屋の大悲恋劇という骨格を持ち、細部には夥しい量の情報を描き入れているはずですが、なにせ作りが俳句なので読み手の力量によって、駄句とも名句ともとれる仕掛けです。
 しかもテーマは戦争で、季語は飛行機であり、空や雲であり、帽子の少女であり、メガネの青年であり、病気や希望、破壊や死です。もちろん季節は夏です。
 それら一つひとつの存在に理由などありません。むしろ、葛藤と理由を求めることを停止しているように見えます。
 おそらくこれは宮崎駿の巧妙なワナで、我々は陰に隠されたちょっとアナーキーな狂気を時間をかけながら少しずつ味わうことになるのだと思います。
 天才と凡夫とのずれです。

 ああー、「夏雲や動画師どもの夢のあと」ご無礼。
by arihideharu | 2013-08-13 16:58 | 映画・演劇 | Comments(0)