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わくわく挿絵帖
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岡っ引きの手札
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 少し前テレビをつけると、人気ドラマ『天皇の料理番』が流れていました。
 場面は主人公の青年が旧江戸城へ初出仕の様子です。
 彼は堀にかかる橋をわたると、門番に止められ誰何されます。すると彼はニッと笑い背広の懐から、将棋形の3寸ばかりの真新しい木札を出します。
 それには「宮内省」と鮮やかに墨書されています。
 門番はその札を見て直ちに6尺棒を引き、城門をとおします。
 青年が支給された手札によって、始めて『天皇の料理番』の身分を行使した瞬間でした。

 ぼくはこれを見て、あることを思い出しました。長年疑問に思っていた事柄です。

 江戸の小悪党が、岡っ引きに取り立てられるとき、町奉行所の同心から、奉行所の御用をつとめる者だということを証明する手札をもらいます。
 この手札を連想したのです。

 手札という言葉は現代人はあまり使いません。
 トランプの手札以外に、思い浮かべるのは、札(フダ)の文字から銭湯の下足札のような木札を連想します。
 あるいは名札・名刺の類でしょうか。
 
 一般な考証本には岡っ引きの身分を保障する手札の形状についての具体的な説明はありません。
 したがってぼくは長い間、岡っ引きが所持する手札がいかなる物かと、疑問に思い続けていたのです。
 
 ところが、ドラマ『天皇の料理番』で主人公があまりに鮮やかに木製の手札によって自分の身分を証明したので、この分かりやすさに感嘆したのでした。

 岡本綺堂の『半七捕物帳』には、半七に仕事を依頼するお武家が、名刺を差し出し自己紹介する様子が描かれています。
 おそらくその名刺は半紙を何等分かして、身分と姓名が書かれているものと思われ、紙入れにでも入れていたと考えられます。
 江戸末期にはこのように名刺の使用があったことが一般に知られています。

 しかし、岡っ引きの身分証である手札がいかなる物か知る手だては、ぼくの知る範囲にはありません。

 ただ多数書かれている捕物帳(小説)には極たまに、以下のような描写を見ることがあります。
 
 廻り方同心Aが新しく加える手下Bに、「此者B存じ寄りの者に有之(これあり)。南町奉行所定町廻り同心A」などと美濃紙に書いて渡す様子です。
 この描写がどこからきたかぼくは知りませんが、リアリティーがあります。
 有名な古書に書かれた、常識的な事柄なのかもしれません。
 
 この説にしたがい手札が紙製なら、奉書紙などに包み、神棚にでも保管するか、ときには折り畳んで懐に入れていたかもしれません。

 また、半七のような優秀な岡っ引きは出入りする役人宅を複数抱え、手札を何枚も持っていた可能性もあります。
 逆に、先代がもらった手札を使い回すいい加減な岡っ引きや、任命した同心がすでに亡くなっていても、更新しないまま骨董のような手札を使い続ける、図々しい岡っ引きもいたと考えられます。

 ぼくとしては、手札があるなしによって、情報屋である岡っ引きが表稼業か、世間に顔の出せない裏稼業(いぬ)となったと想像しています。

 いずれにしろ、江戸の法は曖昧さが信条ですから、線引きは野暮というものかもしれません。
by arihideharu | 2015-07-29 18:30 | 読書 | Comments(0)
歌舞伎見物2
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 現・尾上松緑が歌舞伎界でどういう評判の人か、ぼくは知りません。
 歌舞伎見物を始めて1年がすぎ、この間ぼくが観た芝居には松緑が様々な役で毎回出ていたような記憶があります。
 特にこの前みた丸橋忠弥など、粋な半合羽姿と最後まで息が上がる様子もなかった殺陣、見事だったなと今でも思い出します。

 ぼくは、いつもスケッチをしながら観劇しますが、描いていてびっくりしたのは松緑の頭の小ささです。
 三階席からの目線にかかわらず、数えてみると10等身を越えるようなプロポーションを見せ、自分の眼が狂っているような錯覚を覚えました。
 
 顔が小さいのは、歌舞伎役者として損だと言われます。
 声も名題役者の中では群を抜いて通りも良く、少し肉をつけたらイイかもしれないなどと、勝手な注文をつけている自分を見つけ、まるで相撲観戦だなと、妙な納得をして苦笑いです。
by arihideharu | 2015-07-23 11:20 | Comments(0)