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わくわく挿絵帖
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安里英晴・城井文平 二人展のお知らせ
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2016年4月9日(土)〜19日(火)11時〜19時 日曜休廊
オープニングパーティー 4月9日(土) 18時半〜
ターナーギャラリー

●口上 
 チャンバラと絵が好きで、挿絵画家になりました。
 一日一回の散歩以外は、仕事か寝るかお酒を飲んでいます。
 お酒は強くなく、すぐウトウトします。その眠りの中で絵を描いていることも多く、ときには醒めたときアイデアが浮びます。
 そんな生活をしているうちに、三人の子供に恵まれました。そのうち一人は、デザイナーになりました。その彼から「二人展」をしないかと連絡がありました。
 ぼくは怠け者で、個展すらやったことがありません。ところが、そのとき不思議に「いいよ」と即答しました。さてどうなることやら…。
# by arihideharu | 2016-03-19 11:11 | | Comments(0)
『うめ婆行状記』が最終回を迎えました。
 
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 朝日新聞の連載小説、宇江佐真理(著)『うめ婆行状記』が3月15日をもって終了いたしました。
 ご愛読の皆さま、ありがとうございます。

 結果的にぼくは、宇江佐さんの処女作と遺作の装画を手がけました。
 今、航海を終えた安堵とさみしさがつのります。
 改めてご冥福と感謝を捧げたいと思います。
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『うめ婆行状記』が早々に本になりました。
上の絵が本のカバーを飾ります。
宇江佐さんの気迫が伝わる一冊となりました。
# by arihideharu | 2016-03-16 02:44 | Comments(0)
豊穣のとき
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 子どものころ教科書に落書きをした記憶が、誰でもあるのではないでしょうか。
 挿し絵画家の仕事は、文章の隣に絵を描くことですから、紛れもなくこの(落書き)延長線上にあります。
 となるとぼくは、ずっと同じことを繰り返していることになります。
 このことにふと気がついたとき、ぼくは恥ずかしくなりました。

 今、若者たちを見ていると感心することがあります。人の気持ちを斟酌できる優しさと強さを備えている大人だなと思うことがよくあるからです。
 
 それは、不況と3.11を経験したことと関係があると思っています。
 あるいは今の時代が複雑に時空が交差した特異な周期に入り、どこかのゾーンが密かに豊穣のときを迎えているのかもしれません。
# by arihideharu | 2016-03-13 00:31 | Comments(0)
『むっつり右門捕物帖』
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 嵐寛十郎でおなじみの町方同心を主人公にすえた、古典的名作『むっつり右門捕物帖』は、原作では時代は江戸初期寛永年間となっています。島原の乱が終わって間もない、まだ宮本武蔵が生きていた時代です。
 ところが、八丁堀の同心という設定も、そもそも八丁堀は埋め立て前で存在せず、小銀杏髷に着流しに巻き羽織で肩で風切る姿は江戸末期の風俗です。
 このあたりのいい加減さは、考証本でNG集の常連として取り上げられてきました。
 そんな事情のせいか、映画やテレビでは元禄期や江戸後期に置き換えられています。
 
 小説を読みつつ、歴史情報を得る喜びを識った読者には不満の多い本です。しかしながら、講談や落語を聞くような、得難い懐かしさがあります。
 また、歌舞伎を観るにつけ、様々な時代の物や事を折衷させ、美を作り上げたワザを目の当たりにすると、佐々木味津三の『むっつり右門捕物帖』はむしろ本道で、映像制作の現場では時代考証が厳格な『半七捕物帖』などより作りやすく、原作としてむしろ優れていたといえるかもしれないと近ごろ思います。
# by arihideharu | 2016-02-18 01:37 | 映画・演劇 | Comments(0)
江戸初期の廻り方同心の格好(映画「浪人街」続き)
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 映画「浪人街」には、時代設定を江戸初期としているため、珍しい風俗が出てきます。

 そのひとつは女性の髪型です。 
 後世見る島田・勝山系の髷は珍しく、長い黒髪を輪を作って背中で結わえる玉結びか、頭のてっぺんで結わえる唐輪髷で、基本がまだ下げ髪ままです。これらはおそらく有史以来あるシンプルな髪型です。
 また衣装の方も帯は細く、腰に簡単に結んでいます。
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 さらに珍しいものが出てきます。それは風紀を取り締まる廻り方同心の格好です。
 まるで、大名家の門番のようです。すなわち、粗末な袴に両刀を差し、六尺棒を抱えているのです。
 当時の門前町は、寺社奉行の係りですから、これら役人は、当番の大名家の軽輩の務めとなります。
 身分は足軽(同心と同義)、つまり門番と同格の者たちです。風体が似ているのはそのせいです。
 彼らは、正確には侍身分ではありません。
 おそらく江戸初期の繁華街は風紀が相当悪く、戦で死ぬならともかく、正規雇用の侍たちは勿論、侍であることを自負する浪人たちも、やりたくない仕事だったと考えられます。
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 代表する盛り場の多くは社寺門前にありますから、そこで取り締まりは寺社奉行となった譜代大名家の雑兵の出番となったのでしょう。
 まだ軍政下の時代でした。 
 ちなみに、この足軽同心たちは江戸期を通じ、中世以来の臨時雇用の形態のままで、御維新になっても、当初士族の扱いを受けませんでした。

 映画『浪人街』はこの事情から、寺社方の同心たちの非力を強調し滑稽化しています。間違いなく馬鹿にしています。
 しかしながら、槍の代替品である樫材の6尺棒を振り廻されては、腕自慢の侍もてこずったはずです。

 それはさておき、この映画の類推からも、当時の町奉行所の同心も、着流しに巻き羽織ではなく、六尺棒を抱えた門番のような格好だったと考えられます。
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# by arihideharu | 2016-01-31 17:23 | 映画・演劇 | Comments(0)