ブログトップ | ログイン
わくわく挿絵帖
sashieari.exblog.jp
新聞連載小説『うめ婆行状記』始まりました。
b0185193_1344662.jpg


 がん闘病の末、去る11月7日に他界されました、宇江佐真理さんの遺作『うめ婆行状記』が1月12日より朝日新聞夕刊でいよいよスタートいたしました。
 
 一時は完成も危ぶまれたそうですが、お亡くなりになる二日前に病床にて渾身の力を振り絞り脱稿し、ご家族に託されたそうです。
 壮絶というしかありません。

 当初は、今年の6月からの通常連載という形を予定していたようですが、急きょ短期連載という形になりました。
 
 ご冥福を祈りつつ、一生懸命描かせていただきたいと存じます。合掌。
# by arihideharu | 2016-01-13 14:20 | 挿絵 | Comments(0)
映画の中の居酒屋
b0185193_19153317.jpg


(前回、眠狂四郎/勝負の続き) 
 入って飲んでみたいと思わせる映画の中の居酒屋が、もうひとつあります。
 ご存じ「浪人街」(マキノ雅弘監督・1957年)の中です。
 
 それは大きな門前町内にあり、時代設定は江戸前期、慶安の頃と思われます。
 盛り場は戦国の風を未だ残した浪人たちと、おごり始めた幕臣の小倅たちのたまり場と化し、両派の小競り合いが絶えない雑多な世界が広がっています。
 
 店の作りが大いに変わっています。店内の床が石段になっており、奥に向かって、ゆるやかな下り坂になっているのです。
 町場の社寺が窪地や小山にあることを思えば、この居酒屋のセットは絶妙というしかありません。
 そして、店内の壁3面は棚で覆われ、下りものと分かる酒樽がずらりと並べられています。
 小金を握った浪人たちは堀部安衛兵のように升酒をあおり、丸橋忠弥のごとく酒におぼれ、店奥の谷底でトグロを巻きます。
 ここはおそらく、お酒の神様が棲む処なのでしょう。
 酔いつぶれた客の夢枕には観音様が立つらしく、恐ろしい顔のウワバミも実に幸せそうな笑みを浮かべ眠るのです。
# by arihideharu | 2016-01-08 19:17 | 映画・演劇 | Comments(0)
佳き年でありますようお祈り申し上げます。
b0185193_21301572.jpg


明けましておめでとうございます。
新年も佳き年でありますようお祈り申し上げます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
# by arihideharu | 2016-01-01 21:24 | Comments(0)
『眠狂四郎 勝負』
b0185193_2483665.jpg


 市川雷蔵の『眠狂四郎』シリーズに『勝負』(1964年)という三隅研次監督作品があります。ぼくが繰り返して観る映画のひとつです。
 この映画には食にまつわる、大好きなシーンがふたつあります。
 
 ひとつめは季節は正月。場所は夜更けの日本堤。狂四郎の巣のある吉原裏の常閑寺へ向かう土手道です。この一本道にぽつんと夜鷹蕎麦の灯りが浮かびます。
 寒空に澄みきった売り声が響きます。店の前に立つ、綿入れを着た少女(高田美和)の声です。
 ここは狂四郎行きつけの屋台。確かな味と少女の屈託のない笑顔が彼を迎えます。
 寒気の中、作りたての蕎麦やうどんは胃袋をつかみます。
 このときばかりは人斬り狂四郎にも幸せそうな笑みが浮かびます。
 日本堤は吉原通いの道。極楽と地獄が交錯する江戸の果てです。

 ふたつ目は居酒屋の場です。通りには三面大黒天の提灯が下がっていますから、下谷あたりの門前町が狂四郎行きつけの盛り場だということがうかがえます。
 店は角地にあり、通りに面した二面が腰高障子になっています。
 松の内ですから、あたりはにぎわい、店は新年らしく隅々まで磨きあげられ清々しい佇まいです。
 特に表の看板障子は張り替え間もない真っ白な障子に、二面わたり屋号が鮮やかに墨書され、あたかも書道会場に迷い込んだようです。

 おそらくこの居酒屋はぼくの知る限り、映画のセットで最も美しい小店で、入って飲んでみたいと思う筆頭の店です。
 また、この店の土間に飯台を置かず長床机に酒や肴を置くスタイルは、映画ではめったに観ることのない時代考証的に正しい居酒屋の姿を現し、しかもそれを美しく今に再構築して見せています。

 この頃の時代劇の名作といわれるものはどれも美意識が高く、我々がやっとたどり着いた美を、やすやすと手中におさめ日常化しています。
 嫉妬とするところです。
# by arihideharu | 2015-12-26 11:39 | 映画・演劇 | Comments(0)
新宿ロマン劇場にて
b0185193_22572434.jpg


 二十歳前後のころ土日は大概、深夜映画に行っていました。池袋や新宿の名画座で土曜の夜から一挙に4・5本の旧作を上映する、あれです。その時分の若者、特に男子の必修科目であったことは周知のとおりです。

 あれは夏だったと思います。たいして調べず入った新宿のロマン劇場は、市川雷蔵特集でした。
 ぼくは入ってから、にわかに色めき立ちました。なぜならその日は雷蔵の7回忌という記念日で、当時のスタッフが公演前に舞台挨拶をするというのです。
 しかも、連なる名前の筆頭には女優の藤村志保さんと、いつも脇でささえていた伊達三郎さんがあります。
 ぼくの胸は高鳴り出しました。

 長い間ぼくにとっての最高の日本映画作品は、市川雷蔵・主演の『忍び者』(1962年・山本薩夫監督)であり、少年のぼくが初めてきれいな女の人だなと思ったのが、そのときの主演女優・藤村志保さんだったからです。

 舞台に立った藤村さんは、女盛りのときを迎え、名のとおり、目の覚めるような藤色の留め袖姿で現れました。息をのむ美しさでした。

 次に伊達三郎さんの登場です。これはある意味もっと息をのみました。
 何故なら、そのときの出で立ちが、クレージーキャッツのユニホームのような純白の上下のスーツと同色のピカピカの靴で登場したからです。
 彼の地味な脇役の印象が一気にくずれ、同時にカッコよさを自己演出する映画人の矜持が強烈にみえます。ぼくはひたすら拍手を送りました。
 日本映画が斜陽といわれてすでに久しい時代でした。

 その夜の上映作品は『眠狂四郎』数本と、あとは『剣鬼』(1965年・三隅研次監督)が入っていた記憶があります。

 当時すでに映画マニアのレベルは高く、上映が始まりスタッフクレジットに森一生や三隅研次、田中徳三などの監督の名が浮かぶと盛大な拍手が起きたのは勿論のこと、ひいきの役者やスタッフに独自に拍手する人たちがかなりいて、その甲高い響きが今でもぼくの耳に残っています。

 そのときの収穫は三隅研次監督のすごさを確信できたことでした。
# by arihideharu | 2015-11-29 22:57 | 映画・演劇 | Comments(0)