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わくわく挿絵帖
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「女三界に家なし」
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「オンナサンガイにイエなし」と死んだ祖母が時おり口にしてたが、子供だったぼくには呪文のように聞こえることがあった。諺は犬棒カルタで覚えるのが多いから、滑稽に聞こえるのが大概で、ところがこれだけはいやにシリアスに聞こえた。

 意味を訊けば「女はこの世に身を置く家がない」というから、穏やかではない。およそ人は、この世に帰る家がないとしたら、これほど怖いことはない。ぼくは手伝いをしながら、家そのもののような祖母の顔を見て祖母も女のはずだし、我家に三階はないし、この諺の意味をはかりかねた。
 
 少し大きくなって、分かったことはサンガイとは三階ではなく三界で三千世界とも云うこと、それは広い世界を意味し、この世の別名だと云うこと…。また、女にとって生まれ育った家は自分の家ではなく、嫁いだ処が家になるという隠れた意味があることが分かった。とすると、女に家がない訳でなくホッとした。

 ただ、祖母が「女三界に家なし」と言うときは、嫁いだここが己の唯一の身の置く処と、覚悟のほどを我が身と同時に嫁(母)にも迫る気迫の声明にもなっていたから、恐ろしい呪文のように聞こえたのだろう。そして、そんな時は決まって「男に生まれてよかった」と思った。

 尤も、その頃の大人は負け戦を通し、「家なし」どころか命および国家まで脅かされたから、この世に安寧などないと思っていたふしがあり、またそれが当時の大人を大きく見せていた。
 
 したがって「女三界に家なし」と祖母が言う時は、自分の覚悟を表していたが、暗に自分の息子や孫に、つまり男どもに女房子供を守る覚悟をその都度せまっている気が段々してきて、高校に上がる頃には、これを聞く度に、お尻がムズムズして逃げ出したくなっていた。
 
 何しろ日本が戦で負けたのは男のせいでだし、またその男を産み育てたのは女だと言うことも分かっていたから、「女三界に家なし」は女に諭す言葉ではなく、ひ弱な男を鼓舞する言葉にいつの間にかすり換わっていた。

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by arihideharu | 2011-10-31 12:32 | 思い出
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