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わくわく挿絵帖
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「セザンヌ展」と「ポロック展」
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 あい前後して観た二つの展覧会は、よく似ていました。それはこの二人の画家が、新しい絵画の可能性を切り開いた歴史的有名人だという点と、双方とも初期作品から始まる大がかりな全容をもつ充実した展覧会だったことです。
 
 それに加え見終わったぼくは二人の初期作品が、よく似た特徴をもっていることに気がつきました。厚塗りされた黒っぽいく沈んだ絵柄がモチーフやスタイルが違うのに、印象が共通するうえ、両者とも上手いとは言えず、そのヘタさの程度が相似形に見えたのです。
 
 とくに、セザンヌが生きた19世紀末は、ルネッサンスから異次元に突入した西洋絵画の完成期で、精度の高い絵を描く職業画家がたくさんいた時代でしたから、そのヘタさはかなり際立ったと思われます。それににも関わらずセザンヌは悠然と戸外に出て写生を始めます。
 
 元来ぼくは、この時代の画家ならドーミエやドガ、ロートレックなどのデッサン家が好きです。ところがセザンヌにいたっては林檎ひとつさえ、確かな線で形をとることを拒んだ画家ですから、ぼくが好きになる要素がないはずなのに、ぼくは昔からセザンヌに惹かれました。それは山野にイーゼルをたて、写生をしたことのある人ならセザンヌのすごみが分かる仕掛けが絵の中に隠されているからです。

 画家は気に入った景色の前にキャンバスを置きます。そして、景色を見ながらパレットで絵の具を調合し、キャンバスに色を置いていきます。写生は時間が勝負です。陽は常に移ろい、すぐに陰ります。そこでは、画家は一心に描くしかありません。ひと筆、色を置く瞬間です。写そうとしている風景と今まさに置いた色が、甘美に共鳴し合っているのに気がつきます。そのとき画家はかつて経験したことのない法悦の中に誘いこまれます。
 
 この日以来、画家はあの快感を繰り返すべく山野にイーゼルを立て続けます。しかし、あの法悦はしょっちゅう来るわけではありません。とくに、へぼ画家にはめったに来ません。ところが、セザンヌは生涯写生を続け法悦を繰り返します。彼はアフロディテに気に入られた特別な画家だったのです。

 セザンヌは写生を始めると、にわかに薄塗りになります。カラーチャートを重ねたような筆致です。その置いた色のひとつ一つが、風景と絵と画家が三位一体となり美の女神と逢瀬を重ねた印です。この痕跡は、短時間で仕上げた未完成と思われる絵のなかにより鮮明に現れます。なかには形は崩壊し、一見なにを描いたのか分からないような絵もあります。

 しかし、一度でも写生画を志したものなら、このあわただしく描かれた絵の中に、美神との逢瀬を成就させる方法が、解を得た数式を見るようにまざまざと表されているに気がつくのです。これが近代以降、絵を志すものがセザンヌを特別視する理由と思われます。

 絵画は進化し、ポロックにいたります。ポロックは絵の具をキャンバスに塗る(置く)のではなく、投げつけ、あるいはたらす方法を見つけます。美神に近づくには、絵描きの作為はもはや不要と思ったのでしょう。それはまぎれもなく写生画にたどりついたセザンヌの末裔の証です。つまり自分以外の力を取り入れる方法を進めていったのです。

 このアクション・ペインティングと呼ばれた描き方は、過激で暴力的イメージとは裏腹に、間近に見たものは驚きます。あまりに精緻で蒔絵のような工芸品を思わせるからです。あるいは修行を重ねた僧侶の墨跡のようにも見えます。パッションや思いつきで出来る代物ではありません。
 
 それはフリージャズにたどりついたサックスやフルートの音色が尺八や篠笛に聞こえたりするのと似ています。芸術家の実存や魂を露出させるには、周到な準備と修行が必要だなと思う瞬間です。

 ただ、セザンヌとポロック、なにもかも似ている訳ではありません。セザンヌは見終わったあと、ぼくはちょっと幸せな気分になりましたが、ポロックの場合はそれはなく、彼の孤独に感染したのでしょうか、不安がよぎりました。その正体がなんなのかは分かりませんが……。

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by arihideharu | 2012-06-12 13:20 | | Comments(0)
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