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わくわく挿絵帖
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「北斎展」から(一)
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 北斎先生もヘタな時期がありました。勝川春章という肉筆枕絵と役者絵のうまい師匠の門下にいた、修業時代です。大概、弟子というものは師匠とそっくりな絵を描くものですが、さすがと言うべきか北斎先生、春章門下でありながらあまり似ていません。それはこの時代、ヘタを意味します。

 と書き出したのは、三井記念美術館で開かれた大規模な「北斎展」を観たからです。圧倒的迫力のほかの絵と比べて、春朗と名乗っていた修行時代が余りに精彩を欠いていたからです。

 勝川春章一門の画集を観ると、北斎の二つ下に春英というのがいます。入門は北斎より先です。勝川派の表看板は役者絵ですが、春英は師匠や兄弟子の春好よりうまい役者絵を残しています。勿論、当時の春朗より遙か先をいっています。春英は誰よりも師匠の画風を正確に身につけ、なおかつ錦絵という新しい媒体あるいは技法に、うまく適応しています。しかも北斎先生のような狷介な性格ではないようすが、絵からうかがえます。実におおらかな絵です。役者絵では春章門下の白眉といえそうです。それを裏づけるように、春英の役者絵を観たあと写楽を観ると、「写楽は春英のパクリだ」と叫びたくなるほど、写楽の絵は春英に似ています。

 北斎に戻ります。北斎は春英と違い、素直に学ぶことが苦手だったと思います。この時代、最大の不幸かもしれません。しかも、癖っぽいところがこのころからあり、終生残ります。ただ枕絵だけは、それがあまり感じられません。男も女も美しく描かれています。意外にロマンチストだったのかもしれません。いや待てよ、北斎は春章の門を叩いたのは、表看板のほうではなく、枕絵のほうを学ぶのが目的だったのかも……。そう考えると、壮年期の枕絵の充実ぶりが納得できます。残念ながら、この「北斎展」から抜け落ちている大事な要素です。ぼくは枕絵をあまり観ていないので分かりませんが、春朗時代にいいものが沢山あるということはないのでしょうか。
 
 この「北斎展」はホノルル美術館にある、小説家だったジェームス・A・ミッチェナーという方のコレクションだと紹介されていましたが、そのコレクションの中に密かに春朗時代の枕絵が沢山隠されていそうな気がしてきました。

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by arihideharu | 2012-06-23 17:26 | | Comments(0)
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