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わくわく挿絵帖
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秋山小兵衛
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 ときどき無性に読みたくなる本に、池波正太郎の時代小説があります。
 20年以上前、今の家に引っ越したとき本をだいぶ整理しました。その中には読み終えた池波本もかなり混じっていました。
 間もなく『剣客商売』や『鬼平』の新刊が出たので読み始めました。すると止まらなくなり、結局旧作を買い直すことになってしまいました。不覚でした。
 それほど、池波作品には魅力があります。

 そして今はオーディオブックをダウンロードし、仕事をしながら耳で楽しんでいます。
 ぼくのお気に入りは『剣客商売』です。聞いていると、「近頃の時代小説とちょっと違うな」と思うことがあります。

 例えば、老剣客秋山小兵衛は剣を交えるとなると熾烈で、敵の手足を斬り落とすか殺すかで、雑魚相手ならともかく峰打ちなどという、まどろっこしいことはしません。

 近年、時代小説はいつの間にか人にやさしい剣客像になっていて、簡単に人を斬らなくなっているという印象があり、多分そのせいでしょう、小平衛老人の剣が鉄槌のような激しさを覚えます。 

 また、息子大治郎が剣をとったときも「斬ってもかまわぬ」と声をかけ、暗に「殺せ」と命じます。 
 一方、渡世の木刀試合となると「負けてやれ」と前途有望な息子の青年剣士に八百長をすすめたりします。
 さらに、懐が寒くなると裕福な旗本家のスキャンダルに首をつっこみ、礼金をたっぷりもらい嬉々とします。そして金離れもよく、仲間への分配も怠りません。
 このあたりが思いっきりハードボイルドです。
 
 優しさと厳しさの振れ幅の数値の大きさが、ハードボイルド指数と仮定します。
 振れ幅が少ない方がストレスが少ない生活といえ、その分ハードボイルド指数が低くなります。
 秋山小兵衛のハードボイルド指数はかなり高めです。
 この数値が高いと、老齢であっても性欲が異常に高まる傾向があるようです。

 秋山小兵衛の肖像画を描くとしたら、市井と交わりながら酒色を楽しみ、剣の道を極めようとする、大げさに言えば親鸞上人のような姿ということなのでしょうか。

 秋山小兵衛は「極悪非道の者が日常的に喜んで善行を行い、善人とみえる者が危うい嘘の上に生活を営む。人は善と悪をたえず行き来して生きているものだ」と言います。

 小兵衛が人を斬るは、いわゆる引導を渡す行為で、刹那閻魔さまを憑依させます。
 この行為は本来人の領分を越えています。ですから、行使し過ぎると人格障害をおこす可能性があります。
 歴史上の暴君の例を出すまでもなく、ハードボイルド小説の主人公がアル中であったり、シャーロック・ホームズが薬中であったりというのは、安全装置が機能している状態と考えられます。

 秋山小兵衛の日常がうららかに見えるのは、若過ぎる女房をもらったり、自由に使える桁外れの大金を手に入れたりと、めぐまれた安全装置が用意されているからです。
 勿論それらは小説だから出来ることで、このあざとさが池波作品の魅力です。

by arihideharu | 2017-03-29 21:33 | 読書
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