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わくわく挿絵帖
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国貞
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 ここしばらく歌川国貞(1786-1865)ばかり眺めています。
 彼は若い時分から晩年まで売れ続け、浮世絵史上最大の作品量を誇った画家と言われています。
 特徴は迷いのない派手さと勢いにあります。この画風は堅牢な型となり江戸末期歌川派の中心として、多くの門人と影響を後世に残しました。

 ところが、ぼくはこの絵が大の苦手で、今まで素通りしてきました。というのは、どれも同じに見えたからです。
 例えば、北斉・写楽・広重などは作家性が強く、子供でも十分楽しめるほど時代を越えた力がありますが、この国貞の量産型画風は、ほとんどが風俗画だけに時代を経ると、ぴんとこない宿命がどうしてもあります。加えて、この派手過ぎる画風の中に、どこか堅気相手ではない臭いがします。
 そんなこともあり、ぼくは長い間、国貞の絵は苦手でした。

 ところがここへ来て、国貞に興味を持ち始めたのは、今までぴんとこない部分が自然にぴんと来るようになってきたからで、どうやら彼の生きていた時代の日常がぼくの中に少しづつ馴染んできたようなのです。

 絵の定義は色々ありそうですが、絵を記号と見ることは可能です。記号は言葉に置き換えられます。
 しかし絵画の中には、記号化や言葉化を拒否しているものがあります。例えば抽象画です。
 また逆に、記号として描かれた絵や図とした描かれた絵もあります。これは言葉の替わり、意味を伝えるための絵です。
 あるいは、記号をちりばめ思想や物語を伝えようとする絵もあります。
 しかしながら、近代絵画は記号の量をおさえ絶対美をもとめました。

 さて風俗画です。これは記号を散りばめていますが、さしたる意味や思想はありません。ただただ世俗のあり様を恰好よく描くことに主眼が置かれます。
 こういう種類の絵はその時代には喝采を浴びますが、時間が経過すると評価が下がり、時には消耗品扱いされ差別されることがよくあります。
 この歌川豊国は希代の風俗画家の巨匠ですが、さりとてその例外をまぬがれることは出来ません。
 何故なら、彼の一世風靡した役者絵や美人画の手柄は、記号数をおさえた東州斉写楽や喜多川歌麿に独占されているからです。

 しかしながら、この国貞を芸術至上主義をすて、散りばめられた記号の意味を腹におさめれば、とてつもなく豊穣なる地平が見えてきます。
 これは絵を読み込むという、ぼくが今まで使ってこなかった脳細胞を使うことになります。

by arihideharu | 2018-01-22 19:54 | | Comments(0)
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