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わくわく挿絵帖
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『京都 大報恩寺快慶・定慶のみほとけ』展から
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 ぼくは仏像を観るのが好きです。
 事始めは高校の修学旅行で、法隆寺の飛鳥仏を多数観たのがきっかけでした。
 特に気にいった仏像は一尺ばかりの金銅仏で、素朴な信心のありようが簡素に具象化されたさまに、静かな感動を覚えました。
 その後名刹を訪ねるたびに古仏を観てきて、ぼんやり思っていることがあります。
 多分仏像には三種類あって、ひとつは有難味が深く、かつ優れた技量で造られた仏。有難味が深いが技量がもの足りない仏。今一つは技量が優れているが有難味がもの足りない仏の三つです。
 
 僕の好みも交えれば多分、日本の仏教美術において鎌倉期に造られた運慶・快慶が代表する慶派が残した仏像が頂点と思われます。
 これは上記の三種類のうち、有難味と技量の高さがきわだった仏たちです。
 
 美術だけでなく音楽や芸術全般で日本人の美意識の特徴として、「ヘタウマ」を最高位に置くことがあげられます。
 ところが慶派の仏像は紛れなく「ウマウマ」です。日本人の好みからいったら異端に属します。
 この一派が異端でありながら、日本を代表する仏教美術になりえたのは何故か。
 おそらく仏教における信仰の磁場がこの時代、日本史を通じて並外れて強く、恐ろしい才能や頭脳の持ち主たちが時空を超えて引き寄せられ,本来癖の強い者たちが自我を捨て一心に彫ったためだと『京都 大報恩寺快慶・定慶のみほとけ』展で圧倒する美しい仏たちを観て思いました。

by arihideharu | 2018-12-03 21:40 | | Comments(0)
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