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わくわく挿絵帖
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『シカゴ・メッド』で思い出した時代劇
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 『シカゴ・メッド』という去年放映が終わった医療ドラマが好きで、ぼくは録画を繰り返して観ています。
 医療ドラマの面白さは、病院という器に押し込められた人々を映し出すだけで、ごく短時間に多くの人生を覗ける特性にあります。
 そこには様々な喜怒哀楽があります。

 人の一生は生・老・病・死の四語で説明されます。
 この四つのうち、静かに老いていく日常以外、誕生や闘病や死は現代では病院で迎えます。したがって病院を描くことで、人の生態をほぼカバー出来るというわけです。

 この優秀性を最初に発見証明したのは、おそらく黒澤明による映画『赤ひげ』(1965年)ではないかと思います。
 医療ドラマという形式は時代や場所を変えても堅牢で、しかもバリエーションが派生しやすく、優れたセットさえ作ってしまえば連続ドラマにはうってつけです。さらに、上手くいけばその時代や社会をきれいに切り取り、主義主張や哲学をさりげなく語ることが可能です。
 『シカゴ・メッド』はこの意味ですぐれた模範で、難解な現代医学やアメリカ社会を覗く楽しみに溢れています。

 『赤ひげ』の影響は映像分野だけでありません。実はぼくは時代小説への影響がもっと大きいと思っています。
 分かりやすい例では、藤沢周平の『獄医立花登手控え』です。この作品は『赤ひげ』のフォーマットを使い、藤沢周平独自の世界を作り上げています。

 『赤ひげ』の原作者の山本周五郎が仕上がった映画を観て、ぼくの小説より面白いと言ったのは有名ですが、ほぼ同時代を生きたこの2人の作家は自分たちが見聞きした明治大正昭和を描くだけで江戸期を再現することが出来た世代です。
 藤沢周平もまた、自分が経験した戦前戦後の貧しかった混乱期や東北地方の前近代的風景から想を得ることが可能でした。
 ところが現代に生きる作家たちは、僕も含めてなかなかそうはいきません。脳裏に浮かぶ体験にもとづく具体的映像が乏しいからです。
 そこで、市井ものを描くときはもっともインパクトのあった『赤ひげ』の映像なり世界観や小ネタが脳裏に浮かび、無意識に模倣することになったと推察します。

 「あっ、これは赤びげだ」と思わず叫んでしまう小ネタやキャラクターをあげると・・・。
 作務衣を着たハードボイルドな町医者、長崎帰りの正義感あふれる若い医師、患者をおさえつけて外科手術するシーン、性的トラウマを抱えた美貌の狂女、不摂生な殿様、稼ぎのない父親のかわりに盗みで家計を助ける少年、天災によって流転する運命などです。

 ここで連想することがあります。
 大きな施設のセットを組み、そこで集団劇を展開するという構造なら、日本映画には『赤ひげ』に匹敵する、あるいはそれ以上かもしれない傑作があります。
 それは川島雄三・監督の『幕末太陽傳』(1957年)です。堂々たる遊郭のセットと名優たちが演技を競い合った名品です。

 『赤ひげ』にも遊郭のシーンがあります。しかしながら殺伐とし、遊女たちは搾取されるだけの存在として描かれます。
 ところが川島雄三は、たくましく生きる女の象徴として半ば畏敬をもって描き、かつ美しく撮ることを忘れていません。
 さらに面白いことに、女郎の身に落とされそうになる美少女が双方の映画に重要な役どころとして登場しますが、片方はそれを苦にするあまり気がふれますが、もう片方は女郎屋の若旦那をたぶらかし若女将に収まることを画策します。
 以上のように器に押し込め集団劇を繰り広げると、かくも作家の思想や嗜好が透けて見えるという証左がここにあります。
 
 この二人の映像作家はどちらもルーツが東北です。
 しかしながら黒澤明は父親が秋田出身というだけで、本人は東京育ちです。
 黒澤がここで見せる映像は、基調がプロレタリア絵画で見せ場では表現主義的でコントラストとデフォルメを強めます。そして全体の印象はモダンです。

 一方の川島雄三は津軽出身ですが、洒脱に江戸文化を再現して見せます。
 しかし、時折サブリミナルとしてまるで恐山のような死霊が漂う映像が流れます。
 例えば刑場に向かう非人の群と罪人、三途の川のように見える朝霧に霞む品川沖、棺桶から現れる幽霊、冥界の蓋が開いたままの墓場などです。
 しかも主人公が死に神に取り憑かれていますが、暗さはなく、洒落と笑い女のたくましさで乗り越えようというのが川島雄三の世界です。
 一方黒澤は、女性をさほど信用していないようで、あくまで男が真ん中にいることを求めます。

 このように緻密なセットをつくり、すぐれたシナリオと役者を集めドラマを作ったとき、作風が際立ちます。

by arihideharu | 2019-05-13 22:28 | 映画・演劇 | Comments(0)
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